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修羅場

528: 名無しさん@HOME 2011/02/24 17:38:58
知人(新郎)の結婚披露宴であった修羅場。ちなみにデキ婚。

穏やかに進んでいた披露宴の後半。お祝いのスピーチみたいなのがあったんだけれど、新婦親族(叔父?)がやらかした。
その時すでに親族のオッサンは微酔いな感じで、ヘラヘラ笑いながら「新婦ちゃんでかしたぞ!よく金を運ぶ種馬を捕まえてきたな!さすが俺が仕込んでやっただけはあるな(本当はもっと長い話だったけど、だいたいこんなん)」とか言い出した。
会場騒然。新郎驚いて新婦に詰め寄る。新婦真っ青。

このあとすったもんだあったけれど、現在新婦は会社同僚にカッコウと呼ばれているらしい。



393: 名無しさん@HOME 2011/02/19 04:31:03
俺が原因らしく、現在、別居状態になってる女性が嫌がらせしてきたので、
その女性の旦那さんと家に対話しに行ったら湯飲み投げつけられて、額を強打し、服を濡らした。

泣きながら飛び付かれて殴られて、こっちもいろいろ込み上げてきて、泣きながら取っ組み合いになった

多分、個人的に修羅場
文が下手だけど吐き出させて貰った すまない


314: 名無しさん@HOME 2011/02/16 01:22:25
私の母には、高校時代からの親友が数人いて今でも仲が良い。
私も小さい頃から母に連れられて、母の友達とその子供達(みんな歳が近い)と遊んだりしてた。
中でも母が一番仲よくしてたのが友美で、家が近いのもあって家族同士でよく会っていた。

私が中学生になる頃、友美は夫の実家で暮らすようになり、家が遠くなってしまったからか友美家族とはあまり会わなくなった。
そして私は進学し、短大を出てから地元の小さな会社に就職した。
母は父が亡くなったのを機会に営んでた居酒屋をたたみ、港町の旅館で仲居をしてた。

その頃、噂で友美が義実家から出たと聞いた。
何でも東京にいるらしいと。
母が会いに行き、近況を聞くと、友美は娘と東京のアパートで暮らしてるらしい。
何で東京にいるのかには二つ理由があって、一つは娘の専門学校進学のため。
もう一つは、友美は不倫をしていて、その彼に会いやすいように東京にしたという。
聞けばその不倫相手は社長さんでお金持ちらしくて、社長さんは仙台に住んでいて月に数回東京に来るので、友美おばちゃんはその時会って何日も一緒にいて、それから社長は仙台に帰るという二重生活をしてた。


290: 名無しさん@HOME 2011/02/13 21:53:13
私の子供の頃の話です。
当時私は社宅に住んでいました。
間取りは、玄関脇にトイレがあって
トイレの換気口が社宅の共有廊下に繋がっていた。
我が家は一番端っこだったのでそういう作りで、
他の部屋はそうなっていなかった。
ちょっと分かりにくいけど、
我が家のトイレからだけは廊下の隅っこで交わされる会話が
スピーカーのようまる聞こえ。
どういう効果か分からないけど、ささやき声も思いっきり拾う。

私は小さい頃 お腹が弱くてよく学校を休んでいた。
そしてお腹が痛くてトイレに籠ることがしょっちゅうだった。
お腹が痛いので、外から聞こえる話声もほぼ聞き流していた。
話の内容は 社宅の奥様方の噂話。
お腹が痛いよ~と半泣きになりながらだったけど
いつも同じような会話が繰り返されるので
嫌でも内容を覚えてしまった。

内容は A部長の奥さまがやたら気合い入ったお化粧で出かける。
○○駅で見かけた。
男の人と腕組んでた。
あれってデートよね?
あの男の人って営業のB君ぽくない?
B君ってC部長とこの娘さんと婚約したって言ってなかった?


156: 1 2011/02/02 11:56:01
もうずいぶん昔の話になるけど、
頭○字Dってマンガ知ってる?
内容は山を車で走るって話なんだけど、
主人公の恋人が援助交際してて、
その相手が同級生の父親って設定だったのね。
で、そのマンガと同時進行で、
うちの父親が私の同級生A子と付き合ってた。
知った時は発狂しそうだった。
今もそのマンガは大嫌い。
両親は離婚した。
お正月に同窓会があって
A子が今度結婚するんだ~って言ってきた。
お祝いしてね!って。
私が知らないと思ってたらしい。
なんか頭の奥でブチンって音がした気がしたよ。
気がついたらかなり大きな声でひたすらしゃべってた。


65: 名無しさん@HOME 2011/01/31 09:30:26
その時は本気で怖かった修羅場。

ほぼ半年前の話。
ちょっと義理のある先輩に頼まれて1回だけA男とデートをした。
最初は飲み会で初めて顔を会わせて、
じゃ次1回だけでもデートをしてやってと言われた。
先輩の頼みだからと、とりあえず待ち合わせ用にメアド交換した。

デートの日まで、やたらとメールしてきたり、
返信に困る内容だったりしたので先輩に
「やっぱりデートは・・・」
と言ったけど
「A男さ、女の子と付き合ったこと無いんだよね。
だからテンパってる。勘弁してやって。
慣れたら落ち着くと思うから。
普段はすっごく良い奴だから」
と言われ、
「そうだよね初めては誰でも変な失敗するよね」
と思って約束通りデートすることにした。
ただ「そんなにしょっちゅうメールできない」
と返信したら
「今はそれで許してあげるよ」
という「どういう意味?」という返信に少し引っかかった。


881: 名無しさん@HOME 2011/01/28 05:22:32
中学生の頃、駅で電車を待っていた。
そしたら、後ろの公衆電話(まだ携帯が無い時代だった)で電話相手に怒鳴るおばさんがいた。

相手はどうやらおばさんの娘で、泣いているらしい。
その泣く娘に対して「あー分かったから!」「そんなに泣かないの!」等、怒っている様子。
かなり大きな声で周囲に会話が丸聞こえだった。

最後にキレたらしいおばさんが
「あんたがそんなんだから、妹に旦那寝取られて逃げられるのよ!!」
と怒鳴りつけて、電話を勢い良くガチャ切り。
水を打った様に静まる周囲をよそに、どっかへ行ってしまった。

当時は子供だったので「大人の世界こわい」とガクブルった。


たまに思い出しては気になるので、状況は分からないけど、今は姉が幸せになってるといいと思う。


773: 名無しさん@HOME 2011/01/26 15:56:47
今年の正月にあったプチ修羅場を規制解除記念にパピコ
■クソ叔父…(60)親の年金を無心するニート
■主母(53)私の母。クソ叔父の妹で気が強い。
■私子(24)いわゆるOL。普段は何も言わないがクソ叔父が大嫌い。
■従姉妹A子(27)十代で嫁に行ったデキ子。子持ちで争い事が嫌い。私子とは姉妹のように育った。家事苦手。


正月に親戚が毎年、本家で集まって飲み会などをする。
だけど今年はクソったれな叔父に我慢出来ずとうとう喧嘩した。

年老いた祖父母はもう料理をするのも大変らしく、私は母に言われて買ってきた材料を手に祖父母宅へ。
鍋料理や酒のつまみになるものを作れと言われていたので、そこの台所を借りて作っていた。

そこに無職精神病持ちのクソ叔父がフラフラと自分の部屋から出てきた。
このクソジジイ(60)はパラサイトな奴で、年金を積んでいなかったので収入もなく、今は祖父母の年金を宛てに生活している。
昔は家庭もあったが、クソ叔父はプッツンのDV野郎で、優しくて綺麗な奥さんをボコボコに殴る蹴るして入退院を繰り返させたり、893崩れの友人に奥に手ださせたりしてたらしい。
奥さんは当然ながら子供三人を連れて逃げて、クソ叔父は実家に戻ってパラサイト開始、今に至る。

正月の日は、調理師の学校に通ったと自称するクソ叔父ではなく、私が料理を作っていたのが面白くなかったらしい。
次第に親戚のみんなが集まり、料理を作る私は一人で色々立ち回らなければならなくなり大忙し。
最初に来た従姉妹のA子も、子供二人がいるせいか何なのか一切手伝う事なくこたつに入ってテレビ観てる。
それにも腹が立ったが、祖母が色々手伝ってくれたからだいぶ助かってた。


720: 名無しさん@HOME 2011/01/21 18:39:17
今思うと変な人だったけど、若気の至りで付き合った元彼。遠距離だったからいつも彼の家を訪ねる私。
もうお金がなかったので、あるとき「私のところにも1度は来て」と頼んだら、「親の仕送りをそんなことには使えない」
・・・バイトして親の仕送りも使って2時間かけて、プレゼント持って会いに来ていた19歳の私が馬鹿だった。

放置していたら彼からは連絡が半年来なかったので、面倒だから別れの電話をした。罵詈雑言を聞かされたものの、
嫌いで結構と電話をきった。その1年後、なぜか元彼から電話があった。うっかり実家にいること、明日1人暮らし先へ
戻ることを話したら・・・実家のある田舎駅の改札構内でニコニコして待ってた。
怖くて駅員さんに訴えたら「痴話げんかはよそでやって」とつれない。元彼、人受けだけはいいのが災いした。
切れると殴ってくる人だし、人気のない新幹線のホームで突き落とされるのは困るので辛抱強く話を聞くと、
朝一で駅に来てずーーーーーっと待ってたと。
私と結婚したい、プレゼントもってきたよ、やりなおそう、延々笑顔で語る語る。

新幹線が着たから一緒に乗り込もうとする元彼をブロック。発車ベルと同時にプレゼントとやらを
ホームのあさってのほうに放り投げ、拾いに行って戻ってきた元彼の目の前で運よくドアが閉まってくれた。
その後、私の通う大学構内で1度見かけたが見つからずに逃げ切った。実家にも凸して、結婚許可をクレクレ
家にいた母が、近所の人と一緒にヤツを追い払ってくれたらしい。怖くて、実家には数年帰れなかった。

女性が刺し殺されストーカーと言う言葉が世の中に有名になる、その数年前のお話。


539: 名無しさん@HOME 2011/01/19 17:57:04
父(47)アルコール依存症+極度の被害妄想持+主に母に対する暴言DV酷
弟(10)軽度の自閉症持、少し言葉や知識が遅れているが日常生活を送るにはほとんど問題なし

父のDVなんかの症状が出始めたのは弟の自閉症が発覚した、私が小4かそれぐらいからだった。
それ以前は多少神経質なところはあっても本気で家族を愛してくれる本当にいい父親で運動会や参観日には必ずきてくれていた。
だからこそ父の豹変には、最初家族全員が戸惑って今まで一度も聞いたことのない父親の「お前は最低の嫁やな」「実家に帰ればー?」という
姑が嫁をいびるようなねちねちとした口調で母を攻める様子に耐えられず妹と二人で震えたり、泣きながら家を出る母を追いかけていったこともある。
その頃の母は自分が自閉症の弟を産んだせいで夫がこうなったんだと考えて心中しようと思ったこともあったらしい

それでも、もとは良い父親だったんだしそのうち治るだろうと願っていたが月日がたつごとに父親の症状はエスカレートし、次第に
看護師として遅くまで働く母に対して「今日はどこの男と遊んできたんじゃボケ」「そんな汚い体でよく子供の前にいられるなあーあきたなー」
という被害妄想が入りすぎている言葉を小学生の妹や弟の前で話すように。


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