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入院

36 :名無しさん@HOME 2014/10/19(日) 23:06:15 0.net
人生色々あったけど、陣痛がすごくて人生最大の修羅場だったと思う。
出産陣痛は多くの女性が経験しててよくある話だけど、私にとってやっぱ人生最大の修羅場だった。
痛い系もしかしたら下系入ってるかもしれないです。

初産で予定日に軽い陣痛が起こり入院したが、消えてしまったので退院。
一週間過ぎても産まれる兆候がなく、入院して陣痛促進剤を使った。
それから子宮口全開まで21時間。
最初の痛みから本に書いてあるより痛みの間隔が短いなとは思っていたけれど、ラスト数時間は
間断なくやってくる痛みに耐えられず始終絶叫。

喉が乾いて水飲みたかったけど、口を開くと出てくるのは絶叫のみなので飲めない。
看護師さんが優しく、隣の人が不安がってるから絶叫何とかと言われたので、お返事しようとしたら絶叫。
違う看護師さんが同じこと行ってきたけど、やっぱり絶叫しか出来なかった。
それくらい苦しかったのに更に凄まじい痛みが来た。
もう生きられない。生きていたくない。
ナイフ下さい。
お腹かっさばいて子供出すからナイフくれよ、もう杀殳してくれよって思った瞬間、全ての痛みが消えた。
ウソみたいに痛みが一切合切消えた。

ふわふわ気分の中いきなりウンコ出したい感がやってきた。
今すぐ出したい。身体が勝手に出そうとしてる。
そうなったら呼べと言われてたのでナースコールで看護師さん呼んだら主治医も一緒に来てくれた。
子宮口全開して赤ちゃんも降りてきてるとのこと。
車椅子で分娩室に移動。
それから一切の痛みなしで静かに出産できた。
分娩室入ってからウンコ出したい感に従ってなんだかんだ、15分で子供が生まれた。


811 :名無しさん@HOME 2014/11/20(木) 04:16:30 0.net
小さい頃に離婚した両親の本当の離婚理由を知らされた時。
あとは父の命日やタヒんだ年をはっきり覚えてない事。

初めて書き込む&長文なのでスレチだったり失礼があったらごめんなさい。


うちは私が物心ついた頃から高校卒業して家を出るまで
祖母(母の母)、母、私、妹、と片親の4人暮らしだった。
稼ぎ手は母のみ。貧乏だった。だと思った。

祖母はまだ年金を貰ってない歳だったけど(母の父はすでにいない)、
母が夜勤のある仕事だったので幼い私と妹の面倒を見るのに合わせて同居。

両親が正式に離婚したのは私が小学校に上がる年。
でも、幼稚園の頃にはすでに殆ど家にいない父親だった。
私の記憶にある父親は、ビデオの中と、大きくなって面会した時だけ。

小~中学生の頃、等か「なんで離婚したのか」と母に聞いた事がある。
母は笑って「お父さんと一緒じゃ食べていけなかった」とだけ。
深く掘り下げてくれなかったし、その後は決まって母は
『お父さんとは夫婦としては合わなかったけど、お父さんと結婚
したからこそ、あんたたち(私と妹)のような宝物に会えた』と
言って抱きしめてくれるので、なんとなくそれ以上は聞けなかった。
だから、なんとなく「お金にだらしない人なんだ」とだけ認識してた。
お父さんいなくてさびしい、母と一緒にごはん食べたいと思った事はあるけど、
母・祖母が「我が家はお母さんがお父さんなんだよ」って言われて育った。

父方の祖父母の家(車で3時間ほど)には子供のころ数度連れて行かれた。
祖母も祖父も曾祖父も優しかった。でも父本人はいなかった。
それなのに元々家にいない人だったからか、あまり不思議に思わなかった。
私が中学の頃に両親が離婚して初めて父と面会したけど、それだけ。

414 :名無しさん@HOME 2012/01/24(火) 11:16:45 0
うちの義兄嫁も人形が好きで、骨董市で市松人形買ってきたのが呪われてたとかで
子供は入院しちゃうし、義兄嫁はそれでも市松を手放さないしで、義兄とウトメが激怒して、
結局檀那寺のお世話になって人形お炊き上げやら大騒ぎだったよ…
未だに姪は市松人形が怖くて、鳥肌出るらしい

828 :名無しさん@おーぷん 2016/12/18(日) 19:00:12 ID:F8p
10年ぐらい前の修羅場。すごく長いので、長文嫌いな人はスルーしてください。
ある日、犬2匹を散歩に連れて行ったんだが
外壁の貼替だか塗装だかの工事である家に足場を組んでる最中だった。
その家の横を通るとき、ふと見上げると
足場の割と上の方にいた作業員の男性がこちらを見ていた。
私ではなく犬を見てるような感じだったしニコニコしてたので
犬好きなんだろうな~と思った。
案の定、私の犬に向かって「わぅ!わぅ!」とか気を引こうとするように声を掛けたが
うちの犬はチラッとみたぐらいで関心を示さなかった。
で、目が合ったので軽く微笑んで会釈して通り過ぎたら
「ひっ!」みたいな声が聞こえて振り向いたら男性がバランスを崩すのが見えた。
危ないっ!って恐怖で思わず目を瞑ったらガシャーン!って大きな音が聞こえ
目を開けたら男性が落ちてうめき声を上げていた。
他に作業員が2人いたが、そのふたりは休憩中だったか何かで
少し離れた軽トラの中から飛び出してきた。
落ちた男性は丁度資材?を積んだところに運悪く落ちたらしい。
飛んできたふたりは20歳にならないぐらいの子供みたいな男性で
オロオロするばかりだったので、とにかく救急車を呼ばなきゃと思い
持っていた携帯から電話した。
近所の人が何事かと数人出て来て騒ぎになってきたので
犬が興奮しだし、迷惑になるといけないからとにかく一旦犬を家に戻しに行った。
再度様子を見に戻ろうかと思ったけど、戻っても野次馬なだけだし
たぶん私には出来ることはないだろうし、通報の時に氏名と連絡先は言ってあるので
何かあったら連絡くるだろうと思い行かなかった。
急ぎの用事があったってのも理由のひとつ。

546 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2016/09/27(火) 00:23:16 ID:np40o4p2.net
うちの弟、エイズで亡くなったんだけど
入院してた時、うちで用意したパジャマが突然
無くなったまま戻ってこなかったりとか、あと看護師さんの態度が・・まあ
病名のせいなんだろうか、やっぱり違ったらしいんだ

私たち家族がいる前ではそんな事なかったんだけど
弟が一人の時は、看護師さんから結構ひどい事を言われてたらしい
数日たって、弟に打ち明けられて、家に帰りたいと号泣されたが
我慢して良くなるまで頑張ろうと励ました
でも結局、入院して一ヶ月もたなかった

タヒに目には会えなかった
あれだけ家に帰りたいと言ってたのに、望みを
叶えてやれなかった事が、今もずっと引っかかっている

246 :名無しさん@HOME 2014/04/28(月) 20:13:16 0.net
入院中の大ウトが離婚し再婚してると思っていたのに、離婚手続きをせず再婚の手続きもして
いなかったことが解り義実家は大騒ぎ。
先月大ウトの見舞い後に義実家にいっていたら見知らぬおばあさんがタクシーで来て、「ただいま」
って言って家に入ってきた。
大ウトメの兄弟かと思い大トメを呼んだら
大トメ「何しに来た?」
おばあさん「アンタこそ出て行け」
後は双方罵倒のし合いで私はウトを呼びに行った。
後で夫から聞いたのでは、そのおばあさんは大ウトの奥さんで、大トメは大ウトの
浮気相手で、そのおばあさんが流産し実家に療養に帰っている間に大トメが大ウトとの
間に出来ていたウトを連れて義実家に住み込んだそうです、昭和20年代の事だそうです。
そのおばあさんはウトが亡くなればこの家の半分は自分の物だと言っていたそうで、
ウトは意識は無く離婚手続きをしたり遺書を書いたり出来ない状態で、ウトはそのおばあさんは
大ウトがそう言った状態になるのを待って出てきたんだと言っていたそうです。
ウトの兄弟も夫の兄弟も多いので、田舎のあんな家や田畑なんてうちの夫の相続分なんて
どうでもいいと思っていたけど、トメは「あんたらの相続にも関わること」なんて言ってる。

403 :名無しさん@おーぷん 2016/02/08(月) 08:59:20 ID:H4E
17~31まで過食嘔吐と拒食を繰り返す摂食障害だった。

まず初めは拒食だった。
バレー部で166/55の健康的だった体が、2ヶ月足らずで166/40に。
毎日、液体物しか摂取せず、体はふらふら。
大学生になって一人暮らしを始めると、今度は過食嘔吐に。
お金がないので外食や惣菜は食べられず、毎日ひたすら粉物を自炊。
水商売や風俗も考えたことがあるけど、ブスだしコミュ症だしビビリだしガリガリ過ぎてキモいしで、
毎日のコンビニバイト以外にも日雇い等をすることでお金を工面していた。
学校とバイト以外は寝る間も惜しんで食べ吐き。
最終的には小麦粉に卵と本だし入れただけのものを大量の油で焼いてソースかけるだけのものばかり食べていた。
激安の食パンをマーガリンや砂糖、マヨネーズだけで食べるとかも定番だったけど。
下剤も乱用し、脱肛経験も。
社会人になると今度は過食嘔吐の時間が取れなくなり、拒食に。
166/33まで落ちて最高に気持ち悪くなったけど、
膝小僧やあばら骨がむき出しになっていないと落ち着かなかった。
生理は17からずっと止まったまんま。
前頭部は禿げ上がり、常にウィッグ着用。
日に何度でも吐くので、顔はぱんぱんにむくみっぱなし。
不幸中の幸いは、歯に激しいダメージがなかったこと。
この病気だと30代で差し歯だらけとか総入れ歯の人なども多いので。
階段を上がるだけでまったく動けなくなり、フルタイムでは到底働けないので退職。
家賃2万円のぼろぼろのアパートに引っ越して、データ入力等の体力使わないバイトで食いつないでた。
でも毎日働けるわけではない上に過食嘔吐を辞められず、貯金はどんどん減り、サラ金に借金。
最終的には皿を洗う力もなくなり、100均の45Lゴミ袋を床に広げそれを皿代わりにする始末。
ガスや電気も止められ、調理ができないのでもっぱら食パン。
マヨネーズも買えないので、サラダ油に浸した食パンに砂糖をまぶして食べていた。
29歳のある日、大量の食材を買い込んで自転車で帰宅する途中、激しい頭痛に襲われそのまま気絶。
運ばれた病院の先生やケースワーカーさんが大変親切にしてくれて、そのまま専門の病院に入院することに。
その後も入退院と再発を繰り返していたけれど、だんだんとよくなっていった。
資格も取得し正社員の仕事を得ることも出来て、生活も安定。
借金も1本化して、無事に完済。
過食嘔吐以外はお金を全く使わない暮らしが長かったので、節約して金を余らせるのは簡単だった。

そして31歳の今日から、41歳の今まで再発なしで暮らせている。
17から31までひたすら食べて吐くだけに使っていた時間の損失を思うと叫びたくなることもあるけど、
今こうして普通に生きられて、家族も持てたことの嬉しさと驚きのほうが大きい。

484 :おさかなくわえた名無しさん 2014/01/08(水) 14:53:12 ID:pwJqpybP
病気が治って退院したら自分が可愛いとわかった事

三歳の時に病気で入院してからほとんど病院のベッドで暮らして来たような生活してた。
13才で手術するまでは、家族と病院の人とテレビしか知らなかった。
姉はいつも私に付き添いながら「(私)は可愛いから、大きくなったら美人になるよ」と励ましてくれた、母も同じ。
看護師さんも大きくなったら~、と言ったけど どうせ私の手術時に暴れたり泣いたりの面倒がないようにする為だと思った。
元気になって二年遅れて高校に入った時に自分が本当に可愛いかったんだと知った時すごく衝撃だった。
理由は単純にモテた事と美容室に行くとヘアモデルしませんか、と毎回言われる事。
自由に動ける身体って素晴らしい。
但し胸はない

212 :名無しさん@おーぷん 2015/11/02(月) 15:46:07 ID:j5W
先月ちょっとした手術で数日入院してきたんだけど、4人部屋で同室だった奥さんに、
毎日のように家族がお見舞いに来てた。
それは勿論いいんだけど、開腹手術終わったばかりのその奥さんに旦那さんが、
「家事が回らない、家が汚い。今日は寝坊しそうになった。早く帰ってきてほしい、明日くらいには退院できないか」
とか言ってて、
子供たち(2人とも幼稚園前くらい)も「ママー早く帰って来てー」とか合唱してて、
旦那さんが「なあ、ほら。頼むから、看護婦さんに交渉してみて」とかばかり言ってる。

奥さんは泣きそうな細い声で子供に向かって、
「ママはお腹切って、S字結腸って所取ったの。まだウ○チもお○っこも自分で出来ないのよ。
まだ起きれないし、ご飯も自分で食べられないの。ごめんね、ママ帰っても何にも出来ないのよ」って繰り返してて、
子供たちは母の言葉ガン無視で「ママー帰って来てー」って繰り返す。
旦那さんが「な?子供可哀想だろ」とか言ってる。

是絶対旦那が子供たちに言わしてるんだろうなと思うけど、あの声を毎日聞いてたら子供を持つことが怖くなった。
看護師さんに相談したら、強面の看護師長さんが見舞いに来た旦那さんを別室に連れ出してたけどどうなったか。
私が先に退院したから顛末は知らないけど、無事養生して回復してるといいなと思う。

848 :名無しさん@おーぷん 2016/04/19(火) 19:12:42 ID:9hJ
誰に話しても実話だと信じて貰えないのだが、私がこれまで生きて来て一番恐ろしかった話。

義母原因で骨盤を割り入院していた時の事。
寝たきりで食事もおにぎりにしてもらって寝たまま食べる状態。
当然トイレも行けずオムツ状態。
総合病院と言ってもド田舎で、個人病院に毛が生えた程度なので
付き添いをひとり付けるようにってことで義母がついた。
私の実家は飛行機の距離だったし、まだ結婚して2年ぐらいで他に頼める人がいなかった。
ちなみに携帯電話もまだあまり普及してなかった頃。
入院して2日目に、義母と義父がふたりでボストンバッグを3つ持ってきた。
着替えにしてはずいぶん大きいな、一度に持って来なくても、と思っていたら
中から出て来たのは婦人物紳士物のパンツ。
しかも新品ではなく元は白かったものがベージュに変色し、所々シミもあり
目視で臭いを確認できそうなほどの薄汚れたもの。
「オムツ代わりにこれを使えばいい。洗わなくても汚れたら取り替えて捨てればいいから」
と、いかにも“いいアイディアだろ?感謝しろよ”的な言い方。
こういう時の為に、新品と交換する時に捨てずに貯めておいたんだって。
全てデカパンとブリーフ。(続きます)

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