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80: 名無しさん@おーぷん 2015/04/24(金)16:01:41 ID:OBu
ちょっと書き捨てさせていただきたい
台詞部分はあまり正確ではない


小学5年生のころに長距離を引越して現在の住家に

この地にはある方言があったはずである
「べぎんこ」もしくは「べきんこ」
「宿題」を意味する言葉

転校をして間もない頃から、その言葉は頻繁に耳にした
「べぎんこしてきたかー」
「べぎんこ忘れたー」
「べぎんこ貸して!」

他の方言もそうだけど、原形の残らない方言には苦労させられた
それでも転校後1年も経ち、慣れた頃には自分もその言葉を多少扱うようになっていた
そのほうが話がスムーズだから

さらに時は経って、成人後
あるとき同級生が数名集まる機会があり、呑んでたときのこと

僕「あの頃、夏休みのべぎんこができなくてさー」
A「べぎんこて何」
僕「べぎんこだろ」
B「何だそれw」
僕「えっ」
C「えっ」
僕「べぎんこだろ?宿題」
D「べぎんこっていう課題があったのか?覚えてない」
僕「違うだろ、べぎんこ。夏休みのべぎんこ。夏休みの宿題」
「べぎんこ」と言う言葉は消滅していた

A「お前の作った言葉じゃねw」
B「そんな日本語ないしw」
僕「方言だろ。僕転校してきて一番意味わかんなかった方言がべぎんこだったんだし……
何よりP(先生)のモノマネ流行ったろ。
『べぎんこ忘れたら張ったーそ(張り倒すぞ)!』」
C「似てねーwそりゃ流行ったけどべぎんこなんて言わないだろ。宿題は宿題」

その後話はP先生のモノマネが似てるの似てないのという話にシフトしてしまい、べぎんこについてはうやむやに

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1: 名無しさんといつまでも一緒 2017/02/13(月) 19:42:06.74 0.net
スレ立ては初めてで右も左もわかりませんが相談させてください 
夫婦共歳は22歳です 
今日DNA鑑定の結果が届き、父子関係が0%であると報告書に書いてありました。 
子供はかわいいです、俺に似てるかもなんて思ってましたが結果がそれを否定しています 
普段の嫁の態度に不満はありませんでした。むしろ上手く行っていました 
でも浮気されていたのかと考えるとこれからどうしたらいいのかわかりません

245: 名無しの心子知らず 2017/05/01(月) 19:44:42.08 ID:wKLSz68U
みなさん生後どれくらいで長時間の外出に連れ出してますか? 
このGW中に旦那が生後3ヶ月の息子を旦那実家に連れて行くと言ってます。 
当方東京住み、旦那実家北関東。
指定席取れる新幹線ならまだしも、
座れるかわからないGWのグリーン車なんて
ハードル高すぎて行きたくない。 

なのに旦那は私が旦那実家に行くこと自体を嫌がってると思ってる。 
どんだけ大変か想像ができないんだろうか。 
いっそ私だけ留守番したい気分。

780: 名無しさん@おーぷん 2017/05/06(土)17:36:53 ID:Q2X
父と離婚後、東京で暮らしている母が、
私に東京の高校入学と自分との同居を進めてきます。
母は父と離婚して東京で開業し、相当利益を上げているようです。

離婚の原因は母が資格取得と仕事に夢中になって、家事を疎かにしたこと。
同居していた祖母と不仲だったことです。
母が働き出してから夫婦間、嫁姑間の喧嘩が絶えなくなり、
私が小学校3年生のある日いつになく激怒した父が
「主婦を辞めたいなら出ていけ!」と啖呵を切り、母があっさり「わかった」と了承。
ものの30分で荷物をまとめ、私に
「お母さん、お父さんと別れて東京に行くけどあんたはどうする?」と聞いてきました。
私は「いかない」と答えていました。

父にも祖母にも非はあったけど子供心にも母があまりに身勝手に思えたからです。
田舎にはもったいない、美人で聡明な母が大好きだったのに、
その時私は母に嫌悪感を抱いていました。

797: 名無しさん@お腹いっぱい。 2017/05/01(月) 10:29:45.34 ID:09x1XSdma
子供の部活のために、 
唯一の休みである日曜日を犠牲にするのは当たり前ですか? 
俺はいつ休み、いつ趣味をやるんですか?

510: 名無しさん@HOME 2017/05/08(月) 08:35:41.54 0
義弟くん婚約者が地雷でしかない 
21歳で2人も子供いるシンママだってさ 
高校生でデキ婚離婚してるって時点でお察し
なのになぜ我が夫も義母も止めないのか不思議 
むしろ義母はウェルカムって感じ 

料理が上手いってだけでなんでそこまでいい子扱いされるんだよ!
有り得ないでしょうに… 
そんな明らかに地雷な人と身内になんかなりたくない…
先が思いやられる…

840: 名無しさん@おーぷん 2016/03/23(水)16:34:25 ID:mNl
私が1才の頃に両親離婚、それ以来父親には会ったことがなかった

父方の祖父が亡くなり、遺言で私に遺産相続があったので、相続会議のために
両親離婚後初めて父方実家に行き、そこで父一族に会ってきた
ほぼ初対面に近い父も「大きくなったなー」と優しくしてくれた

びっくりしたのが父の妹が私にそっくりだったこと
叔母も「私の若い頃と同じ顔だわ」と驚いて
若い頃の写真を見せてもらったけど本当にそのまんま
私は父似だと聞いていて、父と叔母は兄妹だから似ていて当然なので
結果的に私と叔母が似ていても不思議ではないが、それにしても生き写しみたいだった

会議の終わった後の食事会でも私と叔母のそっくりぶりで盛り上がった
が、そこで両親の離婚理由が「父が極端なシスコン」だったと酔った親戚の口から判明

話を聞く限り叔母は兄をどうとも思っていなかったらしいが、父は年の離れた妹が可愛くてしかたなく母の私物を勝手に妹にあげてしまったり、妹の誕生日だからと臨月の母を置いて出かけたりやりたい放題だったらしい

それに母が腹を立てて離婚を申し立て、父も「妹と会うのを邪魔する嫁などいらん」と応じたそうだ

叔母は幼少期から兄のシスコンぶりに引いていて、なんとか距離をとろうとしたそうだがどんなに逃げても追いすがってくるので諦めきっていて、多分そのせいで今も独身

両親離婚時には叔母が母に土下座して謝罪していたそうだ(親戚が目撃していて、笑い話みたいに言われた)

それを聞いてから、父の優しさの理由がわかってドン引き
日帰りの予定だったのを泊まっていけとしつこく引き止められたけど逃げ帰ってきた

うっかり電話番号を交換してしまったので着信が大量にあるが、無視してたら
会いたいだの愛してるだの、気持ちの悪いSMSが送られてきててさらにドン引き
叔母からも「ごめんなさい、なんとか止める」とSMSがきてた

母が離婚理由をかたくなに言わなかったわけがよくわかった
母に相続会議に同伴してもらわなくて本当によかった


265: 名無しさん@HOME 2013/03/28(木) 23:25:45.65 0
妊娠初期の流産は胎児側の都合がほとんど

プロボクサーのボディーブローをもろに喰らったとかじゃない限り、外部からの衝撃で流産なんかしないってお医者さんが言ってた
そんな衝撃喰らったら妊婦がタヒぬってレベルの衝撃が必要だよ
現に私は妊娠中に交通事故に巻き込まれたけどお腹の子は無事元気に生まれてくれました

7: 名無しさん@HOME 2013/03/25(月) 19:52:49.36 0
妊娠中トメに突き飛ばされお腹の子が亡くなった。 
旦那は脚が不自由、旦那の妹はてんす。以前からてんす命で健常児の母親を嫌悪してたトメだったがここまでするとは思わずこれを機に絶縁することにした。 

流産して1週間後「義母さん、今まで黙ってましたが実はお腹の子もダウン症でした。おかげでダウンを育てずにすみました」と満面の笑顔ではしゃいだらトメ号泣。 

仲間が欲しかったようだが残念だったな。

750: 名無しさん@家庭ちゃんねる 2015/03/12(木) 18:18:20
かなり長文です。 
あるまとめで、発達障がいの姪の面倒を押し付けられて 
旦那と離婚して姪のお世話から脱出した女性の話が 
ありました。そこのコメ欄では、その姪が加害者だと 
糾弾されていました。当人ではもちろんないのですが 
私は姪の立場の人生を歩んでいます。辛くて脳みそが 
限界なので、吐き出させて下さい。ネタと思って 
頂いてかまいません。 
私は生まれつき四肢の一部が欠損していました。 
エコーの段階で気付き産むかどうか一悶着あり 
結局私は産まれました。両祖父母は私が産まれるのは 
反対だったそうです。実母が反対を押し切って 
私を産んだそうです。その時にカ○ワの娘はいらないと 
いうことで、実父と実母は離婚しました。 
そして、実母と実母の実家で暮らすことになりました。 
その頃のことはあまり覚えていません。 
ただ、実母のことは好きでした。だから、実母が 
帰ってこなくなった時、私は4歳でしたが 
どうして帰ってこないのか、何度も同居していた 
伯父伯母夫婦に聞いたのを覚えています。 
祖父母は私のことを疎ましく思っていたのを 
感じていたので、あまりはなしかけませんでした。 
ここで、実母実家の家族構成を書きます。 
実母→4歳の時に帰ってこなくなった 
伯父→実母の弟 
伯母→伯父の妻 
祖父母→私のことは嫌いだけど、実母と伯父は 
大切なようだった。 
従姉妹→私と同級生の伯父伯母夫婦の娘。 
子供の時は仲良く遊んでいた。 
実母が消えてから、家に「おかあさん」は 
伯母さんしかいなかったので、私は自然と 
伯母をおかあさんと呼ぶようになり、 
実の娘でないことは理解しながらも、私のお世話を 
全部してくれる伯母を本当の母のように思うように 
なりました。

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