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昔話

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277 :名無しさん@HOME 2009/07/04(土) 15:30:46 0
さらっと投下。

トメ・夫・私で外食中の事。
トメ「夫君は若い頃、○○ちゃんにも××ちゃんにも△△ちゃんにもモテてたのよ。」
(言外に、”それなのになんでこんな女と結婚したのか”を匂わせる)
夫「ちょ、それ幼稚園の頃とかだし!」と、慌てる夫。
私「へえ~~昔はモテてたんだ?夫君、自分で昔は男前だったって言ってたものね。」
 「出合った頃には男前の欠片すら残ってなかったのに…旬が短かったんだねえ…」
その後夫と私で馬鹿話の掛け合いに、
何を言う!今でもボクには1万人のファンがいるんだぞ!
はいはいw
な流れ。トメ会話に入れず。
トメ、カチンと来た顔でブーたれ。

食後、義実家に移動。
トメが、そそくさとアルバムを持って来る。
「ほら!△△ちゃんとあんたが仲良く写ってるの。△△ちゃん可愛いわねえ。」
とやり出した。
私は無邪気振りっ子で、
「お義母さん、アルバム見せて下さい~♪」
とトメから取り上げ、
「わあ~本当に夫くん、可愛い♪」
そしてページをめくり、若かりし頃のトメを見つけて、
「わあ~お母さんも昔は可愛かったんですねえ。」
「旬の短いのは、家系かしらねえ。」
って言って帰ってきた。
 
今まで色々あったんで、
夫との協定で、4年に一度しかトメには会わん事にしている。
今回のトメリンピック、一応自分的にはスカっとして終了。


821 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2016/05/02(月) 10:44:40 ID:anDO4rBf.net
話題を変えるぞ 時効だが若干フェイク有り *はフェイクと読んでくれ

自分が幼稚園児の頃は今と違って神社や寺の境内駐車場で周囲の子供たちが
何十人も年齢問わず遊んでいた時代だった。
その中には知的障碍児童が少なからずいたけど誰も差別や区別せず仲良く遊んだ。
区画整理事業がまだ無い時代で砂利道の細い道と間口の狭い家屋が軒を連ねて町内の人の
プライベートは筒抜けで身内の様な付き合いしてた時代だった。
 遊びの集団の中に*おでん屋を細々とやっている知的障碍児餅の母子家庭がいた。
A君の母親は「自分の息子と遊んでくれてありがと」と売れ残りのおでんを
神社に持ってくる優しい人間であった。
 年が経ち、いつしか最年長は15才のくらいのA君だけになり小学生連中と以前の様にビー玉とか隠れん坊して
楽しい時間を過ごしていたが、ある日の事、いつものように神社に行こうとしたら
母親が「 A君と遊ぶな、 今日はどこにも行くな 」と鬼の剣幕で外出を阻止した。
子供の自分は意味が解らなかったが、そのまま数日経たある日。
 A君のお店に町内の人達が集まって中を覗いた。自分も気になって大人の間を掻い潜って
薄いガラス越しに見たらA君母が汚い土間に土下座して大号泣してた。その前には怒鳴りつける町内の夫婦。
 その足で帰宅し母に「A君の母親が泣いとった」と伝えたら
母が言うには「A君が女の子を襲った、今度は二度目だ」と。 
ガキだったから
「襲った」の意味は叩く、蹴る、髪の毛引っ張った程度に想像し、そんなの自分もやっとるわいと反発したが
母は怒り狂って「遊ぶな」の一点張りだった。 
 その日を境にA君の姿は神社や寺から消えた。
一週間後、A君の葬儀が速やかに行われ小さい*おでん屋の前に白黒の布が一日だけ人目を憚るように掛かっていた。

 後日、母からA君は間違って台所の床に置いてある猫いらずを食べてタヒんだって…と聞かされたが
子供の自分でも「(店に入ると台所まで丸見え)年中置いてある猫いらず食うバカいるのかよ!!」と
理解不能だったが
 今なら理解できる… 

949: 名無しさん@HOME 2013/03/03(日) 18:41:48.14 0
私は六十のおばさん(おばあさん?)です。昔語りを聞いてください。
二十とちょっとで嫁いだのは、旧家で両親も祖父母もまだ健在の家でした。
農家ではありませんが、土地はたくさんあるので、土地を貸して暮らしている家でした。
祖父母と両親はいい人たちで、よくある嫁いびりは一切なく遠くから嫁いできた私に
優しくしてくれました。野菜主体の食卓だったので、海のある土地から来たから
魚が食べたかろうとわざわざ魚屋を御用聞きさせてくれました。

それなのに一人息子の主人が、だんだん私に冷たくなって来ました。
私達は恋愛結婚で、主人がこれでなきゃ結婚はしないと言って望まれて結婚した
はずだったんですが。二人目を妊娠中にふっと主人がいなくなりました。
まわりもびっくりして手を尽くして探したのですが、見つかりません。
二人目が産まれても帰って来ませんでした。それでもその家で子供二人がいるので
暮らしていました。


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