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祖父母

472 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2016/09/24(土) 00:47:22 ID:XXcyVEb5.net
父親が祖父母と血が繋がっておらず、拾われっ子だと知った事。
冬の朝に祖父が飼い犬(ユキ)の鳴き声で目が覚めたものの、敷地内におらず探しに行ったら
隣の隣にある小さい八幡様の門の近くにおくるみにくるまれてた父親が捨てられており
ユキが父親を暖めながら吠えて急を知らせていたそうだ。
祖父母には4人の子供がいたけれど、4人も5人も一緒でしょwこの子可愛いし、
もし親が名乗り出なかったらウチで育てちゃおうよ、という祖母の一声でちゃんと手続きをした上で祖父母の子になったそうだ。
父親は兄姉とすごく仲がいいし、祖父母も手のかかる末っ子でさwみたいな態度だったから全然知らなかった。
母と結婚する時に母方の祖父から「どこの馬の骨かわからん奴に娘はやれん!」と言われたそうだけど
「いやー、本当に自分でもどこの馬の骨かわかんないんですよねー。」と身の上話したら母方の祖父が泣いてしまって
「ウチの娘は世界一いい娘だ!娘と結婚して幸せになれ!幸せにならんと許さん!」と結婚を許してくれたそうだ。

衝撃を受けた父親の出生だけど、両親祖父母大好きなので山程孝行するようにしようと思いました。


898 :名無しさん@HOME 2014/11/22(土) 19:31:38 O.net
伯母がキイエエエーって叫んだ時が修羅場だったな
よくある遺産相続の問題で、祖父母と同居していながら祖父母を全く介護しなかった長男家族ではなく
祖父母の介護に入院生活と最期まで世話してた次男家族に相続されたんだけど
祖父の遺言内容を知った時の伯母の叫び声がすっげー耳に残ってる
金属音というか、なんと言えばわからないんだけどとにかくすごかった
叫びながら爪でバリバリ目、というかまぶたをえぐられて右まぶたが千切れて、それを見た妹と母が大絶叫で伯母に爪でバリバリ引っ掻いて…ととにかくひどかった
父が伯母を蹴っ飛ばして弟が伯母をおさえつけてその場をいさめたらしいけど自分は痛い痛いとしか思ってなかったからよく知らない
眼球が傷ついていなくてよかったと今はただ思うよ
まぶたがちょっと変形しちゃったけど
まぶたって面積結構あるのをあの時に知ったよ

66 :名無しさん@おーぷん 2018/10/30(火) 22:35:16 ID:TNF
ちょっとショックだったこと
うちの両親、結婚してすぐに完全同居。
なので祖父母がいる家で育った。それなりの大家族。
なのに、つい最近、別居したらしい。
祖父母、90代。
別居と言っても隣の古い家に祖父母が移動しただけなんだけど(祖父母が建てた家)
その隣に父が新しい家を立てて私が高校生の時から暮らしてた。
お盆に帰省した時は普通に暮らしてて、1ヶ月後に連絡したら別居しててびっくりした。
祖父母の方から出ると言ったみたい。生活のリズムが合わなくて落ち着かないって。正直、いまさら?って感じで。家を出た私には関係ないと思うけど、産まれた時から祖父母と一緒に生活してて、いるのが当たり前だったし、今度帰省してもいないのかと思ったら寂しくて。
隣なんだからいいでしょって思うけど…
ひ孫にも優しく、たまに仕送りもしてくれて嫁いびりなんて絶対ない祖父母です。
父と喧嘩はよくしてるけど、そこは親子だし。
古くて寒い家で過ごしてるのかと思うと心配だし寂しいわ…
なんだかショックで頭から離れない。

303 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2015/08/23(日) 22:24:43 ID:chjY07df.net
弟夫婦の子供が来年小学生。
てなわけで、弟がウチの両親と祖父母に「ランドセルと机買ってね」と連絡してきた。
それ聞いて両親激怒、祖父母困惑。
だって弟夫婦の子供、写真でしか見たことない。しかもその写真も1歳になるころには送られなくなった。
両親は「会ったことのない孫になんかやるものはない!」とブチ切れ。
弟は「姉ちゃんとこにはやったろ!」と逆ギレしたけど、両親が
・私夫婦は旦那側の親戚が誰もいないこと
・旦那の配慮で私の実家と祖父母の中間に住んでて、いざとなったら私夫婦に色々と手助けをしてもらっていること(祖父母の通院の車出しとか)
・両親も祖父母も、私の子供たちには新生児のころから頻繁に会っていること
・ランドセルも机も当初旦那が拒否したが、お祝いとして孫(ひ孫)に贈ったこと
・それは全て旦那が私側の親戚との付き合いを頑張っていることと、孫がきちんと自分たちにお礼を言える子だったからしたことだ
と説明した。

弟夫婦は結婚報告以来会ったことない。
私の実家から車で1時間ほど離れたアパートに住んでるとは聞いてるけど、弟夫婦は車持ってないからか、本当に会ってない。
弟嫁の顔をみんな忘れてるくらい。
弟経由で、弟嫁の実家は徒歩5分の距離と聞いてるから、弟嫁両親たちは毎日のように孫を見れるらしい。
溺愛してるって弟は言ってるのに「小学生で必要なものは旦那の親の方が買うもんだ」と、孫に1円も出さないと宣言してるとか。

弟が「じゃあ今度連れてくるよ」と言っても「今更遅い」と両親が拒否。
弟は「姉ちゃんとこと同じ孫だろ!」とブチ切れると「孫はすでに2人おるから知らんわ!」と特に父がブチ切れ。
その後、実家に数年振りに弟嫁から「あなたたちのことは既にタヒんだことにしてるんですけど、生き返らせたかったらお祝いよろしく!」と電話がきたらしい。
対応したオカンが「タヒんだままで結構!」と返したらものすごいふぁびょってたみたい。

弟嫁、結構アレなキャラだったんだなぁ。

946 :名無しさん@HOME 2013/05/02(木) 21:11:02 0
流れ切って。

両親だと思ってた人が、姉とその夫だった。
私たちの実の母親は超絶DQNで、17歳で出産後、姉を実家に預け失踪。
父親はわからず、祖父母もこれまた猛毒だったため、姉はずっと一人で生きてきた。
社会に出て理解のある男性にも出会い、ようやく幸せな家庭を築くことができたころに
母が現れ「あんたの妹だから」と私を置いていったらしい。
最初は施設に預けることも検討したのだが、あの人の犠牲になる子供は自分だけで十分だと、離婚して私を引き取ることを決意。
しかし、義兄は離婚を受け入れず、二人で育てることに…というのが一連の流れだった。
下に弟妹もいるのだが、姉も義兄も分け隔てなく育ててくれたし、義兄の両親も同じくだったから思いもよらないことだった。
当時は絶賛厨二病だったので、自分にもそんなDQNの血が流れているのかと、大変に悩んだ。
だが事実を告げられたあとも、生活は変わらなかったので、今も幸せにやっている。

661: おさかなくわえた名無しさん 2013/12/07(土) 14:37:14.10 ID:JwCacJuP
双子で生まれて兄に先天性の障害&病気があったもんで 
両親が「2人も育てられないし健康な弟が身近にいたら兄が可哀相」と 
俺を遠方の祖父母に預けた

そこから一度も会いに来ないまま10年以上経過 
祖父母が病気で俺の面倒を見られなくなったら 
今度は子どもがいない夫婦に養子に出された 
両親曰く「自分たちに何かあった後、双子兄に残した財産をかすめ取られてはたまらないから」とのこと 
幸い養子に行った先の両親がものすごくいい人達で今はどっから見ても普通の親子 
よく父親似と言われるくらい 
大学まで出してもらって目指していた仕事にも就いた
今は仕事の都合で養家を離れてるんだが
先日、養家に実母から「俺に会いたい」って連絡があった
双子兄は去年亡くなったとのこと

正直、顔も知らない実両親と今さら関わりを持ちたくないが
双子兄のことを考えれば実両親の選択もやむを得ないことだったとも思うし
双子兄に手を合わせたい気持ちもあるので会うことにした
これから行くんだが今の心境がものすごい修羅場
緊張というか怖いというか
書き逃げごめん


536: 名無しさん@HOME 2011/10/12 11:22:33
子供時代のぷちぷちをひとつ
うちの両親、祖父母、伯母にとっての修羅場

30年以上前、当時の私2歳
母は妊娠中、近距離別居の父方祖父母の元に遊びに行っていた時のこと
台所に走り込んで、そこにあった灯油ストーブに激突
最近は滅多に見かけない昔のストーブで上の鉄板部分でお湯を沸かしたり餅を焼いたりできるやつで
ちょうど残り物の味噌汁の鍋を温めていて、煮詰まった熱々の味噌汁を真上からひっかぶった
背中一面に火傷、病院に搬送されて入院、高熱を出したりして結構大変だったらしい
2歳の頃のことなんて他は全然覚えてないけど、この時のストーブに向かって突っ込んでいった瞬間と
台所でものすごい形相の母と伯母にお椀だか洗面器だかでざばざば水を掛けられている時のことは
おぼろげにだけど記憶にあるんだよね、子供なりに相当ショックだったのかなと思う、まあ自業自得だが
小学校低学年の時、一緒にお風呂に入ったじいちゃん(今は故人)が背中を洗ってくれながら
「ほとんど痕が残んなくって本当によかったなあ」と噛みしめるように言ってくれた言葉が今でも忘れられない

当時お腹に弟がいて、重い妊娠中毒症の症状でかなりきつい妊婦生活だったところに
私の入院中の世話だの何だのと面倒事が増えて相当大変な思いをしたらしい母が一番修羅場だったと思う
だというのに、私は熱が下がった途端にけろりと元気になり
病院食を嫌がって寿司が食いたいだのうどんが食いたいだのとわがまま言いまくり
病院の周囲にお店がないのよごめんねーと誤魔化すも
「入口を出てあっちに曲がるとお寿司屋さん、こっちに行くとうどん屋さんあるもん!」と
何故か周囲の店の位置情報をばっちり記憶していた私に、母はかなり辟易したらしい
あの当時の記憶力をどうして大きくなってからの勉強などに生かせなかったのかと未だに言われる


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