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虐待

573 :名無しの心子知らず 2007/09/09(日) 17:44:33 ID:h4fRANI7
私の友人の話ですが、先月20日に女の子を出産してきました。
まだ1ヵ月たってないのに海に連れていって海水浴?ビニールボートに乗せたりしていました。
みんなで反対したら「あたしの産んだ子だし迷惑かけてないじゃん!こんなんでタヒぬわけないし昔の人なんか新生児つれて畑仕事してたんだし」と訳のわからない事を連呼し怒り出した。
みんなしらけて別行動してたけど可哀想でした。
虐待といって通報とかも違う気がするしどうしたらいいのかわかりません。

赤ちゃんの肌は明らかに真っ赤で熱を持っていてミルクも冷やしてあげています。
本当に大事に至る前になんとかしてあげたいです。
警察ですか?それか児相でしょうか?
今日も海から帰ったばっかだけど、ゆっくりさせてあげずカラオケに行くみたいな事を言ってます。


285 :名無しさん@HOME 2014/11/01(土) 16:43:38 0.net
長年の修羅場をまとめた修羅場でもいいかな。長いです。

俺が小学2年の頃、母が浮気した
俺と双子の妹(以下N)、2つ下の妹(以下Y)と俺、父に呼ばれリビングへ
泣いている母、泣き出す父、訳分かんなくて泣き出す俺ら

父の話をまとめると
母が浮気したからもう一緒に住めない。浮気相手と他県に住む。
子供は作らん。俺らに対してもう愛情はない。俺らは捨てられるんだ。って感じ
それ聞かされてる途中で、多分俺だけ涙は止まってたし急激に冷めてた
妹たちを守ってかなきゃいけないんだなって、すげー冷静だった

母が出ていくまで毎晩夫婦喧嘩。父も頭おかしくなって泣きながら
「お酒いっぱい飲んだらタヒねるんやからなー!」って冷蔵庫まで行くけど
妹たちが泣いて止めてた。それが頻繁に。今思えばカオス
その後母が家を出て、落ち着くかと思ったら違った
父はますます荒れて、俺ら子供に対して虐待。父方の祖母が飯作りに来てたけど傍観者
口答えなんか一切できなかったし逃げる術もなかったもんで、ひたすら耐えた

何回か切るね

23 :おさかなくわえた名無しさん 2013/04/01(月) 17:43:58 ID:eiBpIh7d
いろいろフェイクを入れています

小学生のとき、突然児童相談所の職員が現れて一時保護されたことがある
時々は悪さをしてげんこつを食らうようなことはあったにせよ
虐待といわれるようなことは一切ない両親だったのに
家に帰るのに1年半かかった
その間は学校にも通えず、1年近くは親にも会えないまま
最初は二度と家に帰れないのではという恐怖と不安に襲われながらも
「悪い子だと帰れないんだ」と思い、泣きもせず非常に聞き分けのいい子を演じていた
両親は「あの家は子供を虐待していた」と噂になったせいで
自分が戻った時には職業も住所も変わっていた
そのころには自分も施設に馴染んでしまい
両親や弟妹との関係も壊れてしまった
一時保護そのものは必要な制度だと思う
でも一度保護されてしまうと「これは間違いだ」という訴えが全然通用しない
本当に虐待してる親も同じことを言って怒鳴り込んでくるし
虐待されてる子はみんな「何もされてない」って言うものなんだそうだ
自分が帰れたのも誤解が解けたわけじゃなくて「家族関係が修復できた」から
修復どころかめちゃくちゃにされたわけだが
あれは国家の拉致だったと今でも思う

56 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2015/07/06(月) 16:56:55 ID:+ne6wMin.net
兄弟の中で私だけが知ってる話を墓場にもっていく
読みづらいかもしれないがうまく纏まらないのでご容赦下さい

私の母と父は不倫の末にでき婚して兄を産んだ
父の元奥さんはその時妊娠していたようで我が家に乗り込まれ元奥父に人杀殳しだと罵られたそう(堕胎したため)
その後妹の私を産んで結局父と母は離婚
離婚にはまあいろいろ理由があったんだけど簡単に言うと父のアル中DVと母の浮気が原因
その後母は不倫相手とはまた別の男性と結婚し妹を産んでまたしばらくして性格の不一致で離婚
この頃くらいから母の母(つまり祖母)に母の過去のこと(上記)を聞くようになった
そして母自身からも「むかし貴女を産んですぐ不倫してて…身体の関係もあった。貴女だけに教えるね」と暴露された
今までの離婚は全て父側が問題だと思っていたけど母の方にも問題がありすぎたのだとその時になって初めて気づいた

母は祖母の実の娘ではなく貰われてきた子
病院からの斡旋で貰われてきたので戸籍も実子になっているけれど昔はそういうのが普通だったらしい
だから母はグレて男関係にユルいんじゃないかと思ってる

兄も結婚して子供ができて幸せそう
甥っ子は本当に可愛くて大好き
でも実父と実母のことを思うとどうしても私は恋愛すらすることができない
私の父と母は人杀殳し
本当にそうなのだと思う
小さな甥を見ていると、同じように生を受けるべきだった子が堕胎された事実を突きつけられるしそんな不義の子の私が子供を産む資格なんてないと思ってる
近頃になってようやく母と歩み寄れた兄にも言えない
多感な時期で少し反抗期に入ってる妹になんてもちろん言うつもりもない

子供っぽくて怒りを我慢できず、何かあるとすぐ自杀殳しようとした母
夜中に物音に気付いて起きたら首を吊ろうとしてる母を見つけて泣きながら宥めたこともあった
真冬に薄着で雪の中に埋められたこともあったし狭い部屋に閉じ込められそれで自杀殳でもしろと包丁を投げ込まれたこともあった
それが普通だと思ってた
今ではわりと落ち着いてはきたものの、精神年齢にどんどん差が付いてきたなと実感する
お母さん、なぜ私にだけ過去を話したんだろう
兄にも妹にも迷惑を掛けないようにこのまま墓場まで母と寄り添っていこうと思う

119 :名無しさん@お腹いっぱい。 2009/04/25(土) 01:43:46
無責任で怠惰な離婚女は、情夫との日常生活の中で、自分の欠点や怠惰、
自業自得の言い訳や責任転嫁として全てを「前夫の子供」のせいにして責任逃れして、
「前夫の子供」を家庭内で「悪者」に仕立て上げ、子供を「生贄」にして虐待しているのだよ。

女は普段から現夫に対して「前夫の子供」の悪口や陰口を散々吹き込んで、
現夫に「前夫の子供」への敵愾心を持たせて憎ませるように仕向けている。
愚脳な現夫も新婚の弱みや「男の沽券」を刺激されてこれに乗る・・・ように女が持ってゆく。例えば、

  ・まず、女は「子供の躾担当最終責任者を現夫」にする。
  ・それから、女は子供に現父に反抗したり反論するように煽って浅知恵を仕込み、
   子供が現夫に口応えして歯向かうように仕組んでおく。
  ・計画どおり、母親から理不尽に叱られた子供は拙い反論をする。
  ・それを待ってた女は現父にチクったり愚痴をこぼして「躾担当最終責任者の現夫」を責める。
  ・そして女は「アンタ、ガキにナメられてバカにされてるわよ!w それでいいの?w」などと
   現夫を徹底的に煽り、現夫に「前夫の子供」への敵愾心を持たせて憎ませるように追い込んで
   現夫に子供を虐待させて杀殳させる。

  「自分の手を汚さず、邪魔な子供を他人に杀殳させる鬼畜女」がよく使う汚い手口だ。



「元夫にDV冤罪の罠に嵌めてまで離婚した鬼畜女」は元夫と離婚することで
元夫を家庭内から抹杀殳した。

こんな鬼畜女にとって、次の金ヅルの情夫と一緒に「元夫の子供」を
家庭内から抹杀殳することなど全く平気なのだよ。

しかし鬼畜女は子供とは離婚できないので、「元夫の子供」を本当に杀殳すのだ。
「元夫の子供」は、どうせ自分が産んだ「物」だ。「邪魔物」だ。

主犯の鬼畜女は情夫を実行犯にして「元夫の子供」を杀殳す。鬼畜女は「嘘DV」を用意してて、
自分はいつでも被害者偽装して罪を逃れることができるようにして、な。

53 :名無しさん@HOME 2015/09/02(水) 16:37:05 0.net
私が小学校の中~高学年のとき、なぜか母が「養子をもらおう!」と意気込んで、講習(?)とかに
私や父を連れて行きまくった。もちろん母一人でも行きまくってた。
父はとめていたようだが、母は逆に父を説得してしまった。
それから母は一人の男の子(8歳くらい)を週末だけ預かるようになった。私の目から見て、そのこは大人しいと思った。
返事もはきはきして、母に懐いていたようだった。でもずっと家に泊まるようになると、少しずつ凶暴になった。
私は何度も髪を引っ張られたり殴られて痣できた。石も投げられた。
母も父も噛みつかれたりしたらしい。特に夜がひどくて、物を投げたり叫んだりしてた。
私はそのときのことがほとんど記憶にない。恐怖で、部屋でラジオの音量を最大にして聞いてた。
あとで聞いた話だけど、そのこは親からひどい虐待を受けて施設にいた子みたい。
母は、たぶん「まともな家庭の温もりを与えてあげよう」みたいなことを思っていたみたいだけど、我が家では無理だった。
数か月してその子がいなくなったときは、父と一緒に泣いて喜んだよ。

506 :名無しさん@HOME 2015/10/19(月) 18:48:11 0.net
姉はTVや雑誌に出るほどの清潔好き。「お掃除上手な美人ママ」で近所や友人でも評判だった。
ある日顔版に「今日は息子の部屋をお掃除☆ すっきりキレイ☆」とあり、
姪の部屋の工作や賞状がなくなっていた。片付けたんだろうと思って、普通に出勤。

私の住む実家→歩いて2分(姉宅)→駅なので二日後の出勤途中に姉宅前を通った。
そしたら泣きながらゴミ袋を持っている姪。
話を聞くと「ママが私のものをまた全部捨てた。今までもテレビが来るたびにパパのものがなくなっていた。
こんなのもういやだ」と。
ゴミ袋の中を開けると、出るわ出るわ姪っ子の学校道具や義兄の洋服やネクタイ。
姪っ子は泣きじゃくりながら「もう疲れたよ……」と。お前……ネロかよ……!と思ったのが第一の修羅場。

635 :可愛い奥様 2017/10/13(金) 11:49:40 ID:IZ6uoTU/0.net
現在進行形で娘の人生をめちゃくちゃにしてること。
小さいときから○○太郎と呼んだり、女関取とか呼んで、男の子の服を着せておいて女の子らしくないと怒ったりしていた。
髪を伸ばせばセーラームーンに憧れてるの?と馬鹿にしたり、無理矢理髪の毛を刈っておいて男の子みたいと馬鹿にした。
美容院にも病院にも連れて行かなかったし、新品の服も買わなかった。ご飯も惣菜を与えて勝手に食べろってやってた。
中学からずっと母(娘にとって祖母)の介護をさせた。認知症でボヤ騒ぎや徘徊しておかしくなってても、そんなわけないと言って突っぱねて任せてた。
17くらいの時に高校受験をしていなかったと知ってめちゃくちゃに怒った。母の世話と荒れ果てたゴミ屋敷の片付けで娘は学校どころじゃなかった。
娘は家を出て遠方で働き出したけど、家出人ということでアパートや職場を突き止め、職場に娘宛で腐ったタマネギなどを送ったり、毎日毎日職場に電話してたら2年もしないで戻ってきた。
帰ってきた娘に寝たきりの母の面倒や、娘が居ない間にたまったゴミ、普段の家事など全部任せた。
近所や親戚には娘は無職で彼氏もいなくてブスで家事も出来なくて、本当に苦労してると言いふらして泣いて、周りから娘が白い目で見られるのが楽しかった。
夏に娘が倒れて、その間に母が亡くなってしまった。娘のことを人杀殳しだと責めた。慰謝料として1,000万請求している。法的な力はないけど娘なら払ってくれる気がする。
今暮らしている旦那には絶対秘密。娘はまだ24なのに60過ぎてる私よりオバサンに見える。白髪だらけで最近はヤマンバと呼んでる。
娘のお金は使い込んじゃったし、娘はもう働く気力もないみたい。タヒんじゃっても最期まで駄目な娘だったと言いふらすと思う。
何でこんなに娘に執着してるのか自分でもわからないけど、こんな貴重な経験させてやってるんだからもっと感謝しろとさえ思う。

216 :名無しさん@おーぷん 2017/04/27(木) 18:24:33 ID:pjJ
暴力でやり返した話だから気分悪いと先に言っておく。
ネタだと思って読んで欲しい。
子供の頃から親父に殴られてきた。ちょっとでも気に食わないことがあるとボコ殴り。
殴られすぎて吐くとゲロを「もったいない」と食わせられた。
周囲は俺が殴られていると知ってたのに何もしてくれなかった。
母親は親父に殴られすぎて糖質発症→入院→退院直後ジサツ
施設に2回入ったことがあるが、しばらくすると親父が迎えに来て
また自宅でサンドバッグにされた。
そんな生活だが高校は卒業できた。
女房子供を殴る以外では父はマトモな社会人だと思われており
それなりの役職にいたから見栄もあったんだろう。
なぜか再婚はしなかった。
ちょこちょこ女は連れ込んでいたが。
18を過ぎる頃には親父の背を追い越していたんだが、俺は相変わらず逆らえなかった。
親父には一生逆らえない、勝てないんだという思い込みがあった。

23の時上司の紹介で結婚した。
2年アパートで暮らして、25の時実家に戻って父と同居した。
親父は最初は猫をかぶっていたが、2カ月目で地を出し
俺の妻を殴り始めた。
妻は最初は抵抗していたが段々無気力になった。
ある日親父が妻をボコボコにした後、妻が起きあがって夕飯を作り始めた。
親父は妻に近づいていき、何か言った。内容は忘れた。
親父は言うだけ言って妻に背を向けた。
そうしたら妻がたった今まで火にかけていた熱々のフライパンで父のケツを殴った。
父は倒れた。妻は父の背中をさらに3回くらい叩いた。
俺は呆然としていた。妻は俺を見て(すごい顔だった)おまえもこいつもクズだというようなことを言った。
妻は家を飛び出し、タクシーで実家に帰ってしまった。
俺は親父を病院へ連れて行った。
火傷と打撲だけで骨に異状がなかったので入院はしなかった。

帰宅した親父はあんな女と結婚しやがってと俺をコップで殴った。
俺はなぜかガッカリしていた。
妻は小柄な女だ。親父はあんな女にやられる程度の爺いだったんだと落胆した。
その夜、俺は寝ている父を襲撃した。
布団を剥いでフライパンで殴りまくった。
子供の頃俺がされたように「ごめんなさいは?」と言いながら殴り、謝っても殴り続けた。
妻とは結局離婚した。
仕方ないと思う。俺はクズだったから。
親父とはその後1年くらい同居した。顔がウザイとか息が臭いという理由で
「フライパンの刑」だと言いフライパンを見せつけて殴った。
しまいに「フ」まで言った段階でビクっと飛び上がるようになった。
殴っても何も楽しくないことに気づいたので、実家を出て今は一人暮らししている。
もう一生人は殴りたくないし殴られたくもない。

454 :名無しさん@HOME 2016/08/12(金) 17:12:50 0.net
来年結婚する彼に助けられた件を。

私の両親は私が子供のときから二人とも不倫をしていて、親がほとんど家にいない生活だった。
兄と違ってプレゼントやお年玉をもらえず、誕生日を一度も祝ってもらえなかった。
女だからという理由で父方の祖母から虐待まがいのいじめを受けていた
なんとか奨学金を得て専門へ進学したけど、奨学金を祖母に使い込まれてバイトしながら必タヒで卒業できた。

社会人になったら、祖母はパチ代を毎月もってこいと言って
数万円づつ、取り上げられていた。

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