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血液型

732 :名無しさん@おーぷん 2016/08/12(金) 05:52:33 ID:lON
私の血液型はB型。事あるごとに妹に血液型を馬鹿にされてきた
B型は協調性がない、馬鹿、のろま、うっかり云々
過去の失敗や個人によるリカバリーが可能なちょっとしたミスさえ血液型に絡めて嘲ってくる
何故か顔や体型まで罵倒された
一度の失態が末長く罵倒のネタに使われるから妹の前では些細な失敗もできなくて息苦しくて、晩御飯の時も食卓でチクチク罵ってくるからご飯が喉を通らなかった
親に止めてもらおうとしたけど典型的な長女に厳しい家だから頼りにならなかった

だけど妹が自爆してくれたおかげで今は平穏に暮らせている
従姉(部長)の率いる部活が全国大会への出場が決定。暇な親戚が集まってささやかなお祝いパーティーが開かれた際に
妹「やっぱA型は人を率いる才能があるっていうかぁー色んな面で進化してますよねー」
従姉「私B型だよw」
妹「…えっ?」
ここですかさず
「こいついっつもB型はのろまとかクズとか足手まといとか言ってるんすよw」
って言ってやった
「えーっひどーいw」と笑う従姉。
「ナチスドイツも人種差別を正当化するために血液型での性格分類を利用してたんよ」と横から突っ込みを入れた従兄
この従兄は心理学科の学生さん。これ以降の私と従兄と従姉の話題は従兄による心理学の知識披露と進路アドバイスになった

机の下で足蹴られて痛かったけど、おかげで血液型を絡めて馬鹿にされることはなくなった


63 :名無しさん@おーぷん 2015/05/20(水) 21:37:19 ID:Umc
うちの子が生まれたのが原因で舅姑が離婚した
舅姑と旦那の血液型
旦那と私と子供の血液型の組み合わせはおかしくないが
舅姑からたどるとおかしい(特殊な遺伝子でなければ)
もちろん旦那を裏切ったことなどないがDNA鑑定
もちろん何も出なかったが
最終的に姑の不倫、旦那が舅の子じゃないことが発覚、離婚
旦那の父親が誰なのかは姑は口を割らないが
もう聞かなくてもいいことにしてほぼ縁切り状態になっている
実際は他人だったし養育した分返せって言われなかっただけ良かったと思いながらも
いい人だった舅がどうしているかはちょっと心配だ

96: 名無しさん@HOME 投稿日:2009/09/30(水) 01:11:47
私A型、旦那もA型で、生まれた娘がO型なのが気に食わないトメ。
てことは、私も旦那もAOだってことなのに、
絶対他の男との間の子だと信じて疑わない。
メンデルの法則というものを紙に書いて説明してやったら、
今度はO型である娘に対して、「劣性だ!劣性だ!」と騒ぎ始めた。
ここで、堪忍袋の緒が切れた。

「ウトメさんはAB型で、トメさんはA型でしたよね。
そっか!旦那がA型って事は、トメさんはAOのA型なんですね~
な~んだ、じゃ、トメさんは半分は劣性ですね!」

まぁ、自分のムチュコたんだって劣性なんだけど、
自分がまさかAOだとは思っていなかったらしく、
劣性呼ばわりされて、トメわなわなしてたけど、
言い返せないようだった。(メンデルの法則が結局理解出来てない)

AAは優秀で、AOは劣ってるとかそんなこと思わないけど、
何かにつけて嫁や子供を馬鹿にするトメに腹が立っていたので、
ついそういう風に言い返してしまった。
トメに変な知恵つけたかもしれない、と反省。ヌカ。


20: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/02/23(木) 15:22:40.65
中学にあがる前の春休みに、「お前は私の子どもじゃない」と
父に言われた。家族全員(父方祖母、両親、私、弟)そろった食卓で。
それまで、特にそんなの思わなかったし、両親が不仲だとも
感じなかったので、びっくりした。
最初冗談だと思ったぐらい。
しかし父は血液型を持ち出して、絶対私の血液型は生まれないんだ、
と説明までした。(父・AB型、母・O型、私、O型)

父は生まれて血液型を知った瞬間に、母の裏切りを知ったけど、
そんな母と結婚したのは自分だから、自分の家族として育てようと思った。
お前の父親は俺だと思ってもらっていい…みたいな話だった。
何かメンデルの法則習ってショック受ける前に、伝えたかったみたい。
母は「そんな覚えない」「絶対おかしい」と否定したけれど、
祖母も、子どもの私も弟もどうしていいか分からず、呆然とした。

次の日、母が身の潔白を証明するため、父と私を産婦人科へ
連れていった。DNA検査ではなく、血液検査だったと思う。
時間はかかったみたいだけど、私は父の子だった。
AB型とO型でO型が生まれる血だった。

その話から、検査結果が出るまでの数週間近く、夕食で父と母が
一言も話さなかったり、いきなり祖母が泣きだしたり、私は
中学入学準備どころじゃないし、弟も情緒不安定だしで、修羅場だった。
母は20年近く経つのにいまだその話をし、父はその話を
出されると、いまだに母に頭があがらない。


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