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覚醒

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41 :名無しさん@HOME 2010/02/25(木) 20:32:21 0
先日、車で2時間程の義兄宅にトメ連れて行ってきた。
最初は息子二人目の前に居ると言う事もあって何も言わなかったが、
段々とボロが出始めるトメ。
そこに義兄嫁の伯母?からお祝いの現金書留が届いた。
それに関しても「直接会って渡すのが一番いいのに」と言いだしたが、
「義兄嫁のおばさんは○○に住んでてそんな簡単に来れる訳ないだろう!!」
と義兄が怒鳴り、トメ沈黙。

ったくこのババァは…という空気の中、今度は義兄嫁父からの電話。
「今お客さん来てるから、後で電話するね」と義兄嫁が電話切ったらトメが怒りだした。
「お客さんとはなんですか!私は義兄の母親よ!?」
って、だってここお前の家じゃないじゃん。
義兄も夫もトメをガンガンに〆上げたが、面白くなかったトメは
「大体嫁子さんとこは礼儀に欠く人ばかり!
お祝いも書きとめ、お手紙も何も入って無し!
こっちが送ったお中元のお礼も電話一本!!
ここは礼状をしたためるのが当然でしょう!」

ちなみにトメは義兄嫁実家からちゃんとお中元を貰っており、
裕福な義兄嫁実家のお中元は超豪華(それに比べてあなたのとこは…と言われたので知ってる)、
でも「こっちも送ったんだから礼なんて言わなくていいわよ」と何もせず、
義兄嫁実家からのお礼の電話に、「こちらこそ…」など言わず、
ただ偉そうにお気になさらず~的な事を言ってる。

「大体私は電話が大っ嫌いなのよ!それを知ってて電話だけで済ますなんておかしいわ!
人が嫌がる事をするなんて!
お父さんが生きてたら義兄嫁も嫁子(私)も○○家にはいられなかったわ!」
とまくしたてた。


393 :名無しさん@おーぷん 2017/07/25(火) 22:37:11 ID:vWq
復讐か微妙だけど
うちは教科書に載せれるくらい典型的な長男教
物心つく前から兄と私で差別があったから、にちゃんの長男教の話見ても「こんな家庭あるんだー」って思うくらいだった
成長して就職して一人暮らしを初めても、実家に月30万を入れれいたんだけど、それなのにほぼニートの兄のほうがすごい、お前はクズwwwと言われても「まあこんなもんかな」と思ってた
でも去年の今頃、なぜか急にこれはおかしいんじゃないか?と思い始めた
きっかけは小さいんだけど、私の数ヶ月前からの約束を「お兄ちゃんがカレー食べたいって言い出したから作らなきゃだからいかない」って意味不明な理由で断られたから
その約束ってのが私の20才の誕生日のお祝いなんだよね
人生で一度も親に祝われたことがなかったから、私のコツコツためたお金でディナーを予約してて、カレーだからね
それで一気に目がさめた
その日から実家への仕送りをやめた
呼ばれたら必ず行ってた無料タクシーも買い物(費用はもちろん私)もやめた
最初は怒ってた両親だけど、自分達のやってたことに自覚があったのか、媚を売るようになりしまいには泣き落としを始めた
仕事もとっくにしてないし、私がいなかったら生きてはいけないだろうけど一切連絡をとってない
家に金を入れるためにしてた風俗の掛け持ちをやめてから気分が晴れやか

225 :名無しさん@おーぷん 2016/09/17(土) 02:33:10 ID:Hkr
寝付けないので、私の修羅場を。
長いので読みにくいと思うので苦手な方はスルーでお願いします。

嫁ぎ先が本当に地獄だった
新婚から義実家で同居、テンプレのトメ。
最初こそ守ってくれていた夫だったけど半年もするとエネになった
その辺りからトメから毎日暴力を受けたし、ウトは空気。
家事と大姑の介護で日々戦争みたいなものだった
外にも出られない、風呂や食事も3日に1度くらいになっていった
携帯も持ってきた私物もすべて捨てられ、テレビも新聞も見れなかった
その時には私も洗脳状態みたいなものだったと思う。

結婚して1年を過ぎた頃に妊娠が分かった
すごく嬉しかったのだけど、病院には殆ど行かせてもらえなかった
初回の検診と出産のみ。
妊娠中は特に色んなことを言い付けられた
出産してからは子どもと触れ合う時間もなかったし、
何の為に生きているのか分からなくなってしまいました
そこからは殆ど記憶になく、ぼんやりとしている

ある日、実家の母から電話があった
嫁いで5年経ったのに1度も会ってもいなければ声も聞いていなかった。
声を聞くととめどなく涙が出てきてうまく話せなかったが何かを察したらしく
「帰っておいで」と言ってくれた。
それを聞いた瞬間、家を飛び出して走っていた
隠していた財布だけ持って地元行きのバスに飛び乗った。
駐車場に母の車を見つけた時、また泣いてしまった
何も聞かずに実家に連れて帰ってくれた
父は私を見て固まったけど母と同じで何も言わないし聞かないでいてくれた。

次の日に、離婚したいと言った私を叱らずに力になるよと
言われた時は本当に安心した。
義実家からジャンジャン電話が実家に掛かってきたらしいけど母がうまく丸め込んでくれた
その日のうちに2ちゃんねるの家庭板を読み漁って
レコーダーと小型カメラを買ってもらい携帯を契約してもらった
両親からお金を借りて義実家に帰った。
戻るとトメから叩かれ、夫からは靴べらで殴られたけど
あと半年の辛抱だと思うとぜんぜん痛くなかった

ずっと辛くてタヒんでしまうかもと思っていた結婚生活がようやく終わると思うと踊りだしそうになった。
ずっとレコーダーを離さず、隙を見つけてカメラを設置し
毎日携帯のメモに日記を書いた。
子どもにはお母さんは遠くに行くけれどどうする?と聞いたらお母さんと一緒がいい
と言ってくれたので子どもと逃げることにした。
そして、全てを回収して荷物をまとめて家から出ていった

64: 名無しさん@HOME 2009/04/22(水) 05:45:21

結婚=同居始めた当日に、 
「嫁たるもの、アテクシより早起きしてアテクシの部屋前で三つ指ついて『お義母様、おはようございます』と挨拶して起こしない。」 

とおっしゃるので、 
ヤケクソで一年間やっていた。 
ある日調子に乗ったトメ、「毎度毎度、同じ挨拶で変化が無いわねぇ~たまにはしゃきっと目覚めたいわぁ」 
と、おっしゃるので 
直結一㍍の銅鑼を鳴らしてみた。 

とてもしゃきっと起きる事ができたみたいで嫁子嬉しい!


ちなみに銅鑼は、趣味で市民楽団に在籍しているので無理言って借りてきました。
ご近所さん、ごめんなさい。
明日は銅鑼の代わりに、
トランペット吹きます。

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