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身の安全

672 :名無しさん@HOME 2015/11/10(火) 18:55:22 0.net
母親(実母)と父親(育ての親)との幼稚園から小学校まで修羅場です。長文すみません。
・幼稚園のとき、動物園に行って私があれとこれほしいとダダこねた。その帰宅途中の山中に「俺の子じゃないからいらない」と父親に路肩に投げられた。
車になんとか乗せてもらい、母親に土下座をして詫びろと言われ土下座。身の安全のため顔色ばかりうかがって生活していた。

小学校時年一回は必ず大喧嘩があった。原因は母親の謎の借金。
・小1の冬 母親が突然「この子いらないんでしょ!!コ○してやる」と包丁持って居間のテーブルの周りを鬼ごっこをした。助けを求めてもスル―する父親が印象に残っている。
母親につかまって冷たい包丁あてられた。父がやめろと言ってくれて未遂で終わり、怖くてそのあと近所の友人の家に夜中に逃げた。
・小2の冬 自室で嵐が過ぎ去るのを待っていた。修了式で配られた紅白饅頭を楽しみにしてた。翌朝居間に行くと壁にべったり紅白饅頭はりついていた。包丁も壁につき刺さっていた。
居間はあちこち破片が散っていて、酒臭かった。しばらく食べ物に困った。
・小3~5年 自室で鍵をかけ避難。自室に来るもんなら窓から外へ逃げ出すことができるように避難グッズを準備。2階から飛び降りる気だった。
母親が自○未遂しようと二階の吹き抜けから明らかにすぐちぎれそうな下帯を首にかけてみたり
シャワー室にカッター持ち寄って手首切ろうとしていたみたいだけど浴室で爆睡していた。
・小6の終業式から帰宅時 玄関から灯油臭かった。母親が父親に灯油かけられていた。「○○(私)も帰ってきたからみんなで氏のう」
と言われた。「氏んじゃ嫌!生きたい」と必しに言ってなんとかおさまった。
ただ、その日から父は明らかにおかしくなっていた。母親は私に「お父さんはあんたを襲おうとしている。」と虚言を吐き、前夫の
元へ行こうと提案。前の夫は私の実父ではないがそこに受け入れてくれた。そこからもきつかったし氏のうと何度も思うことがあった。
色々あって、受け入れてくれた前の夫はなくなったし、母親は借金作ってとんずらした。


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