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転校生

673 :名無しさん@おーぷん 2016/12/29(木) 00:21:19 ID:ziM
大したことじゃないんだけど、この季節になってまた思いだしたので。
長いです。

中学生の時にいじめられてた。地味でどんくさくて成績もパッとしない転校生だったので
虐めやすかったんだと思う
それ自体は今あるような、大けがをしたりお金を取られたりとか大変なものでなく
悪口言われると集団で指さしながらpgrされるとかすれ違う時にぶつかって来るとか、
まあ一つ一つは我慢できないようなものではなかった。
ただ毎日何度もやられると結構きついし、仲良くなりかけた子も巻き添えを恐れて
離れて行ってしまったりしたのもつらかった。
そんな中Aとはいつも一緒にいた。
Aも地味でどんくさくて成績もパッとせず、他に友達がいなかった。
しかしいじめられているわけではなかったので上から目線に「可哀想だから付き合ってあげてるんだよ?」
「私がいなかったら他に友達いないんだよ?」「友達でいてあげてること感謝してよ?」といつも言っていた。
そして「肩凝ったから揉んでよ」「パン買うのついてってあげるから1個奢って」「そのおかず私の好きな奴だしくれるよね?」と搾取され続けた。
まだ中学生でぼっちになる勇気も持てなかったので嫌だったけど一緒にいた。

卒業後はその中学から8割ぐらいが進学する平凡な高校に必タヒで受験勉強してなんとか滑り込めた。
いじめグループは底辺女子高に行った。
Aは私と同じぐらいの成績だったけど「どうせ入れるわけない」と勉強せず、底辺女子高すら落ちて
名前さえ書けば入れるような高専に入った。

高校ではいじめられることはなかったけど、仲良くなりかけた子に手のひら返されたりAに搾取されてたり
級友にいい思い出がなかったのでぼっちを貫いた。


28 :名無しさん@おーぷん 2018/02/07(水) 23:27:36 ID:qio
東京からの転校生により人生が少し変わった。
思い出すと恥ずかしいが幼稚園の時代から孤高を気取っていて自分の時間をすべて時間の為に作っていた。友達なんか必要ないと思っていたので誰にも話しかけなかった。
お人好な兄も甘えん坊な妹のことも気に入らなくて家の中でも避けていた程だ。親からは散々心配されたがうっとうしかった。
放課後か休日は塾で学力向上、もしくは町内を何周もマラソンして足腰を鍛える。
マラソンは雨が降っていようが雪が降っていようが慣行した。空いた時間は読書か空想、映画鑑賞に充てていた。
この性格のまま中学校に入学した。成績は常に学年トップだし、陸上部では主力選手だったからかいじめられるということもなくクラスメートとはあたりさわりのない普通の関係だった。
中二の2月後半に東京から転校生がやってきた。新潟市の一番賑やかな地域が学区の中学だったがそれでも東京都は比べるべくもない。
その子は都内でも指折りの名門お嬢様学校から転校してきたため、頭も桁外れに良く、スポーツ万能。
地元にはいない、まつ毛が長くてカールした西洋人形のような彫りの深い顔立ちだった凄い美少女だった。颯爽とした立ち振る舞いや垢抜けた爽やかな雰囲気がいかにも都会人という印象だった。

874 :名無しさん@おーぷん 2015/06/08(月) 23:03:26 ID:pA7
私が学生の頃の話。長文です。

部活動中、顧問が「明日は転校生がやってくるよ」と教えてくれた。
聞くところによると、本来は学区が違うのだが、我が校が市内で一番の強豪校だったため、無理を言ってこちらの学校に通ってくるという。
特に私はクラスも同じになるから、ぜひ仲良くしてやってくれ、と顧問から言われた。

転校当日、私は転校生A子に積極的に話しかけた。
A子も人見知りでは無かったのか割とすぐに打ち解けてくれた。
部活にも一緒に行き、みんなに紹介。これからよろしくね、って雰囲気でその日は終了。
今にして思えば、何もない平穏な日はこの初日で最後だったように思う。

次の日A子から手紙をもらった。
封筒に入ったお手紙。柄がとてもシンプル。そして、便箋が複数枚だったからちょっと分厚い。
当時、女子のお手紙と言えば、柄が可愛らしいやらキラキラしたメモ用紙1枚に、ちょろっとメッセージ
授業中に書いて、それをハート型やら犬型やらに折ったものが一般的だったため、真面目な雰囲気が珍しかった。
しかし開けてみれば、内容はあの先生恰好良いとかクラスの男子のイケメンランキングとか
転校してきて2日目でそれかよ!というもの。そこらの女子より恐ろしい。
もともと女子の手紙回しが苦手だった私は、返事に相当困ってしまった。
とはいえ手紙をもらった訳だし、無視する訳には・・と思った私は、当たり障りのない返事を書いたように思う。

次の日、返事を渡すと同時にまた手紙をもらった。
その次の日もその次の日も、手紙を渡された。学校か部活のある日は毎日手紙をもらった。
封筒も日に日に厚みをおびていく。そのうち、便箋10枚は当たり前の枚数となっていた。
内容は恰好良い男子から、A子自身の趣味や好きなものの話に変わっていき、
次第に私ちゃん恰好良いね、とか好きなタイプは?とか、私ちゃん愛してるとか
A子と私の間で起こった出来事(目が合ったね、手が触れたね等)を嬉しそうに反芻したりなどのとんでもない恋文に化けていった。
当時の私はと言えば、A子が凄く変わった子だという認識しかなかったものの
自分が書いた返事の内容は無視されるし、最初の手紙から内容についていけなかったので
徐々に返事の枚数を減らし、仕舞いには返事を出さなくなった。A子からの手紙も読まなくなったし、受け取らなくもなった。
それでもA子は、手紙を勝手に机の中や鞄に入れたりして、諦めなかった。

761: おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2014/09/22(月) 15:00:21.06 ID:GLF3wYQg
私の出身中学校では、中学校のすぐ隣に敷地を持つ老人が子供嫌いで有名だった 
老人の敷地の前には歩道がなくて、自然と生徒は通学時に老人の敷地ギリギリを歩くことになるんだけど、一歩でも敷地に入ったり、石垣に触れたりすると烈火のごとく怒り狂って先生がそのたびに頭下げに行ってた 
老人は生徒らに過度な謝罪を要求したり、保護者を呼び出せと言ったりする 
生徒たちも関わりたくないから、地元の子たちは小学校から中学校に上がる頃には自然と口伝でその老人のことは知っていた 

私が中3になった頃、6月の半ばくらいに転校生がやってきた 
中3の、しかもこんな中途半端な時期に転校なんて、何か事情がありそうだというのは皆察してた 
担任も紹介するときに「お祖父ちゃんお祖母ちゃんと暮らしてる」というようなことも話したので皆転校生の家庭には触れることはなかった
遠くから越してきた転校生は老人のことを知らず、一週間とせず車を避けるために老人の敷地に足を踏み入れ老人の標的になった
普通は老人に標的にされたらとにかく謝りまくってやり過ごせという暗黙の了解があったんだけど、それも知らない転校生は喚く老人に冷たい目をするばかりだった

私は野次馬が集りだして少ししてから見てたので最初に何があったのか解らないんだけど、老人がこれまでに見たことないくらい怒ってて、こめかみに血管が浮いてた
「親をだせえええ!頭をこすりつけて謝れえええ!」みたいな事を大声で叫んでた
それに対する転校生の返答
「親はここに来れないんで自分で会いに行ってください。あーでも会いに行く必要もないか、おじさん、老い先短そうだし。まぁタヒんだとしてもこんな醜い人間が両親のいる場所に行けるとは思わないけど」
そのあとは
「独り身の寂しさを中学生にやつあたりして紛らわすのやめたら?」
とか
「ボケると性格攻撃的になるって聞きますけど、もしかしてボケてます?」
とか煽りまくってた
飛んできた先生が野次馬散らしたのでその後どうおさまったのか誰も知らない


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