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逃げ

416 :名無しさん@HOME 2019/07/10(水) 18:47:58 0.net
ど田舎で保育園から大学までずっと一緒だった男友達がいて
特に恋愛関係とかもなく仲は良かった男友達も定期的に入れ替わってたけど彼女が居た
お互い社会人になった時にその男友達から「結婚するパートナーなら私が良い、でも恋愛は別の女の人としたい」って上から目線みたいなこと真面目に言われた
お互いの両親も兄弟も周りも男友達は私と結婚するものだと思ってる
実家の母から親戚が売地にする予定の土地譲ってもらって家建てたら?男友達の実家からも近いでしょ~男友達の親も援助するって言ってるよ~って結婚もしてないのに言われた
私の実家には男友達の母親や祖母が常に入り浸ってる
私も男友達も今は地元離れて暮らしてて
私は大学時代から8年くらい付き合ってる人がいてその人と結婚したい
それ何十回も言ってるけど母からそんな事したら男友達の親に迷惑かかるでしょ(自分たちが田舎に住んでて)気まずくなるでしょみたいな内容の説教をされる
田舎はめんどくさいや
彼氏の地元で結婚しようかなって考えてる
私実家とは絶縁できるのかな


688 :名無しさん@おーぷん 2020/01/08(水) 12:19:40 ID:D0e
四捨五入したら五十になる歳になってしまったので懺悔。
新潟の中でもさらにド田舎の、住所に「大字」と付く実家で二十四歳まで暮らした。
ベビーブームだったので、ド田舎でもそれなりに同年代の子供たちは周囲にいて、お隣(と言っても徒歩二分)は親のイトコの家。
その家には二歳上の息子がいて、なんでか私はその子と将来結婚することが決まっていた。
親は悪人ではないけど「お前はこういう生き方をするものだ」と決め付けてきて疑わない人。
親の計画では私は「高校卒業後は短大に行って、市の公務員試験を受けて市役所勤務して、二十五歳になったらお隣のヒロちゃんと結婚して子供を三人産む」ことになってた。
ちなみに弟は「いい大学に行け。その後は好きにすればいい」だった。

親の言うことさえ聞いていれば叱られないし楽だったこともあって、私はボーっと親の言いなりの子に育った。
親の言うがままに勉強して、親が言うまま本来の偏差値より低い高校(家から一番近かった)に入学して、ヒロちゃんと付き合った。
ヒロちゃんを好きだと思ったことはなかった。
私のことを完全にナメていて、ちょっとでも私が気に入らないことをすると両家の両親に言いつけた。
私は両家の両親に「なぜヤらせないんだ」というようなことまで叱られた。ボーっとした私もさすがに屈辱だった。
でも叱られたり叩かれたりするのがいやで、結局言いなりになってしまった。
親の口癖は「おまえみたいな世間知らずは、ここでしか生きていけない」
子供の頃からずーーーーーっと言われ続けていたので、完全に洗脳状態で「ここでしか生きていけないんだな、仕方ないな」と思っていた。

短大卒業後、市職員の試験に合格。市役所の税務課で働いた。
税務課の「土地・家屋」部門はなぜか男忄生が九割で、歓迎会や納涼会などで初めて男忄生と一緒にお酒を飲んだ。
ヒロちゃんといる時はヒロちゃんだけが飲んで、私はお酌をするだけで飲まないものとされていた。
私は断りきれずに二杯ほど飲み、親に怒られると思いながら帰ったら
「付き合いだからそういう場では飲むのが当然。断るのは相手の顔をつぶす」と言われ叱られなかった。
それを機に、私は同僚にお酒に誘われるたび断らずに参加した。居酒屋だけじゃなく、バーやスナックにも連れていってもらった。
スナックにはきれいな女忄生がいて、ほえ~っとなった。
勿論そういうきれいな人がいるのは知ってたけど、至近距離で見たのと「自分と同じ人間だ」と認識したのが初だった。
「肌がきれい」とホステスさんに誉められて、まあ他に誉めるとこなかったんだろうけど、人に容姿を誉められたのが初めてで更にほえ~っとなった。
親は私をかわいいともブスとも言ったことがなかった。
ヒロちゃんは私をブスだババアだ(二歳下なのに)、我慢してやってるんだと言うだけだった。
私は親に内緒で毎日一時間だけ、スナックで一杯飲んでから帰るようになった。
自分がしゃべるよりホステスさんたちの話を聞くのが好きで、「聞き上手だ」と可愛がってもらえ、御代もしばしばホステスさんの奢りにしてもらった。
ホステスさんの大半が今で言うシングルマザーで、旅館の住み込み仲居の経験がある人が多く、「どこの旅館がいい」「あそこは最低」と聞かされた。

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