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難病

69 :おさかなくわえた名無しさん 2017/11/05(日) 19:56:21 ID:lWQBbS/A.net
学生時代の友人が、15年ぶりにショートメールで連絡してきた
彼女は結婚したらしい

それは別にいいんだけど
「今何してる?」「今日の夕食は?」「土日はいつもどうしてる?」などが1日20通以上
夕食は毎日聞かれたんだけど、参考にするのかなと思ってた
「結婚しないの?」「仕事何してるの?」「お給料どれくらい?」は
ずうずうしいと思いながらうまくごまかした

ある日「土曜日は病院に行く」と送ったら何の病気か聞かれた
ちょっとね…と断ってもしつこく聞き続けてくるのと、
自分は難病で通院しているので
「自分が癌とか難病だったら嫌でしょ? 聞かれたくないことはあるんだよ」
とあきらめさせた

学生時代から、友達なんだから全部知ってて当たり前!な子だったんだけど
30過ぎてそれ?という気持ちになった


441 :おさかなくわえた名無しさん 2019/06/07(金) 23:11:30 ID:mNVVWwJI.net
恋愛の方に愚痴スレなかったから愚痴らせてほしい
恋人の難病アピールがしつこすぎる
何かにつけて難病だから難病だから 難病の自分自分ってうるせえよ分かったよ何回言うんだよ
別にそこ難病って言わなくても分かるだろって内容でも難病アピールを欠かさない
Twitterにもインスタにも難病難病難病難病
そんなに「一生治らない自分」に酔いたいなら別の所でやってほしい
って言ったらきっと「病人に冷たい 支える気もない恋人」の烙印押されるんだろうな めんどくせえな

348 :名無しさん@HOME 2009/04/26(日) 08:59:24 O
自分に自信がなくなってしまったのでアドバイスお願いします。

旦那:農家の末っ子長男。会社員。姉二人は県内に嫁いでる。
私:サラリーマンの長女。会社員。旦那と付き合ってる時に難病を発病。

経緯:難病があるので農家は手伝えないし、家事などもままならなくなるかもしれないから‥
と結婚を辞退しようとしたが、ウトメたちがそれでもいいからと結婚する。
同居。
子供も何とか出来る。
同居して間もなくから、農家を手伝わないから『役立たず』と罵られ始める。
ストレスで持病(難病の)悪化や過呼吸不眠症、欝になる。
これが10年続く。
2年前に、決定的な一言を言われ絶縁。
『役立たずなんだから早くタヒね』
旦那と子供と私の実家近くに引っ越す。
それから、私はウトメたちと会ってもないし、声も聞いてない。
旦那は、たまに農家の手伝いに行ったり、盆暮れ正月等に行く。
子供もたまについて行く(5年生)
旦那と子供がウトメたちと会うのは構わない(必要最低限なので)と思ってる。


今朝、ウトメたちの親(大ウトメ)が亡くなっりました。
私は葬式等に出るべきでしょうか?

皆さんはどうしましたか?

372 :名無しさん@おーぷん 2016/12/22(木) 11:00:45 ID:QOE
現在27歳
健常者で一般的な庶民だと思って生きてきたが、昨日職場の人から
「え、あんた明らかに社会的弱者でしょ」と言われたこと
難病発覚が20歳
もともとお金なくて奨学金で通学してたが、検査やら手術のために大学に要られなくなり退学
生きるほうが大切だし仕方ないと思って受け入れた
2年間治療して医者からok出たので就活開始
一年頑張って正社員が無理だったので大学時代にとっておいた簿記2級でバイト開始
国の方針が変わって私の病気が指定難病から外れて、出費が苦しいから検査は極力拒否して病院すっぽかし気味だけど、今のところ元気
今年収150万でそこから医療費も年金も国保も税金も払ってる

「あんた、自分がどんだけ薬飲んでるか自覚ないの?」と呆れ顔で言わ れて、数えたら13種類飲んでた
「飲まなきゃ命に関わるんでしょ?そんな体抱えて補助もなくなってるのに、同情するわ」と言われた
他の職場の人も「あんた頑張ってるよ」と私の方を叩いて慰めてくれた
そうなのか、私って同情されるような立場なのか
貧しいけど生きてるだけ儲けものだと思ってたから、びっくりした

575 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2016/02/21(日) 22:59:07 ID:Xa2ngRqZ.net
長いと言われたのでわけて記載します。

ずっといいなと思っていた人に冷めた話。

自分語りだめと1に書いてありますが、
状況の説明に必要な自分語りだけ許してください。

社会人になって数年たち、アラサーになった頃、
突然、原因不明の難病を発症しました。
日本での患者数がとても少なく、
運良くとてもいい先生に出会って、病名をつけてもらい
治療を開始することができたものの、
1年以上入院、闘病生活が必要でした。

有給と傷病休暇を使い果たす寸前でなんとか社会復帰を果たしたものの、
症状をおさえているだけで、治ったわけではありませんでした。
どうしても納得できなくて、
自分で病気の勉強をしたいと考えるようになりました。

それからは、ひたすら給料をためると同時に、
平日の残業がない夜と週末は予備校のサテライト講座に通いました。
友達の結婚式で彼と出会ったのはそんな頃でした。
(便宜上「彼」としますが、付き合っていたわけではないです)

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