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養父

626 :名無しさん@おーぷん 2014/07/06(日) 01:04:49 ID:b8L9NW7YO
愚痴っぽい上に長文だ、悪い

ちょい前に娘(20代前半)から話があると言われて
会って欲しい人がいるとかか?wと妙にそわそわしながら聞くと
実の父親が会いたいと言ってきているどうすればいい?と

子供達は俺が養父だって知ってる
嫁は娘3歳息子10ヶ月の時にサイマー元夫の浮気で離婚した×1
ただ嫁の離婚理由は子供達に
自分の父親がどうしようもないクズだって思わせたくなかったから
性格の不一致を子供にわかる言葉に変えて説明してた
嫁の元夫の両親は良い人だったようでたまに子供達に会いたいと
年に1~2回程食事とプレゼント買いに出かけてた
元夫は元夫実家に離婚後勘当されてるらしく
養育費を請求されたくないのか子供達に会いにきたこともない
娘が中学くらいの時に携帯を持たせて
嫁にとっての元義両親には番号とアドレス教えてあったから
元夫は多分それで娘の連絡先知ったんだと思う

嫁は俺に遠慮して会って欲しくなさそうだったが
俺が娘に「会ってみたいか?」と聞いたら
娘が「お父さん(俺)がいいなら会ってみたい」と言ったんで
「俺に遠慮することはないよ。娘が会いたいなら会っておいで」と
娘に言った
ちなみに息子は会いたくないって行かなかった
今思うとなんで止めなかったのかとその時の俺をぶん殴ってやりたい

改行が多すぎるって怒られたわ


922 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2017/03/25(土) 15:36:45 ID:1vt8MRgl.net
俺の修羅場書いてもいい?
じゃ書く
長いので小分け

今となれば笑えるけど、当時はみんなそれぞれ悩んだ家族の修羅場

産みの母は、俺を生んでタヒんだ。
心臓周りの血管に元々持病があったらしい。だから、俺は産みの母を知らない。
産みの母がタヒんで、俺を育てるのに必タヒだった親父をすぐに助けたのが、二つ下で父の幼なじみだった養母(以後母と)
ちょうど、母にも子供(姉貴)がいて、丁度いいからと面倒を見てくれた。そっちの父とは離婚したそうだ。理由は知らん。教えてくれない。
そこで色々あって、俺が3つの時に再婚、四人家族になった。まあ、父方の祖父母曰く、収まるところに収まったんじゃろ、とのこと。(別に産みの母を嫌っている訳では無い。むしろ褒めていた。)
ところが、小4の時に、親父がタヒんだ。
心臓だった。めちゃくちゃ朝早いはずの親父が朝起きて来なくて、そのまま冷たくなってた。
俺も、姉貴も、タヒぬほど泣いた。

両親の祖父母の手助けで生きていたが、中学2年の時に、母が再婚した。同じように嫁さんを病気で無くした、近くの大きな鉄工所のオーナーだった。親父と、そんなに年変わんないんだ。
そこにも、弟と妹がいた。というか、姉貴→妹繋がりで知り合って、再婚、となった。

ここでまず、俺の脳内修羅場発生。
「血が繋がった人がいなくなった。」

この修羅場が表に出たのが、俺の大学受験のとき。
父の意向で高校、大学、院までぶっ続けで行ける技術系の学園にいたんだけど、ある日父に
「お前、大学どうする?受験?エスカレーター?」
って言われて
「受験はしません。エスカレーターもしません。就職して、家を出ます。これ以上、迷惑はかけられません。俺は、あなた方と血が繋がってないんです」
って返した。返してしまった。
自分でも、やっちまったな、とは思ったわ。でも、しょうがないじゃん。技術系の大学の学費、私立たけーんだって。年間、基本で150行くんだぞ。追加で色々発生するし。で、弟妹もいるしな。
無論、タヒんだ父母の保険金や、既に亡くなってる父方祖母の保険金やらで俺ひとりでも賄えない事は無い。盛大にお釣りが来る。でも、多分、親父はそれを使うことを許さない、そういう人だ。分かってたから、そう言った。家を出ますってね。ぶった斬るならここしかない、って。

719: おさかなくわえた名無しさん 2013/11/21 11:47:10 ID:iOLUK+oT
母は23で結婚し、25で私を産んだ。27で父が心臓発作で突然死した。
父方の祖父母から母は責められ、殺人を疑われ司法解剖まですすめられた。(もちろん病死だった)
失意のなか母は幼い私を連れて実家に戻り、衰弱して2年ほど療養した。私はその間母方の祖父母に育てられた。
小学校に上がる直前に、母は再婚し養父と3人で暮らし始めた。
養父はとても優しく、養父方の祖父母も、その後産まれた弟とも分け隔てなく可愛がってくれていたので、実の父親について気にせずのほほんとしてた。
結婚式の直前、実の父親の写真と共に事の顛末を教えてもらい、当時まだ今の私より若い母の身に起きた出来事にびっくりしたよ。
いきなり6才の父親になる決意をした当時27才の養父(初婚)もすごいと思う。
本当に色んな人に助けられて私の今があるんだな、と感謝しています。


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