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やけど

989 :名無しさん@おーぷん 2020/05/17(日) 17:41:30 ID:YeT
昨日揚げ物をしていたら手の甲にやけどをしてしまった
横着なので塗り薬を塗って放置
今日、仕事帰りに歩きタバコのおっさんとすれ違ったときに手の甲をタバコがちょっとかすった
あっつい!って言ったらおっさん焦ってタバコを投げ捨てて逃げようとした
腹がたったので昨日のやけどを見せて「こんなになった!警察に行く!」と言った
おっさん必タヒに謝って二万を渡してきて「これでどうか…」って言ってきた
ちょっとラッキーだった
人に触れるくらいの距離で歩きタバコしてた罰ってことで


264 :名無しさん@おーぷん 2015/04/01(水) 14:51:43 ID:tDY
結構昔の話ですが・・・
次女が3歳のときに顔にやけどを負った。原因は元旦那。
長女が小学校の宿泊訓練があるということで、その説明会に私が参加しているときのことでした。
旦那はその日休み。長女は友人宅。旦那に次女の面倒を頼んでいたのですが
旦那が勝手に次女に料理をやらせてやけどを負わせてしまいました。
晩御飯は私が帰ってきてから作ると言っているのに、自分が小腹がすいたからと言って
何故か3歳の子供にラーメンを作らせようと指示してた。
次女はインスタントラーメンを茹でるところから、具のもやしとキャベツを炒めるところまで旦那の監督無しでやろうとしたそうだ。
その間、旦那は自分の部屋でゴロゴロ。
次女は何度もやりかたがわからないと聞きに来たそうだが、
いつもママのお手伝いをしてるだろ!なんでわからないの?と台所に行ってやることもせず。(次女談)
次女は不安定なダンボールの上に乗り足元を滑らせ顔が火のついたコンロに直撃。
顔を大やけど。野菜などはまだ刻んでいませんでした。
そこに長女が帰宅して泣き叫ぶ次女を発見。旦那は寝室でぐーすか寝ていたそうだ。
救急車を呼んだのも、濡れたタオルで顔を冷やしたのも長女。
旦那は長女の怒号にようやく目を覚まし、自体を把握。

次女の顔はときがたてばやけどが目立たなくなる程度で済みました。あと少し髪が焦げたくらい。
旦那は謝罪はしていましたが、いつも手伝ってたからできると思ったと長々言い訳してたよ・・。
手伝いって言っても皿に盛り付ける程度なんですけど。包丁や火を使う手伝いをするのは長女。
その長女ですら私の監督下でやってくれているのに。
それがきっかけで私たち夫婦間はギクシャクしてしまいました。
その後旦那に好きな人ができたから離婚してくれと言われてたけれどショックでもなんでもなかった。



335: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2012/02/03(金) 01:51:04.12
うちの嫁は火傷の痕が右大腿にあってそれがコンプなんだが、優しい性格がにじみ出てるほんわか系
昔は人間嫌いの暗い性格ブスだったっていうけどちょっと信じられない

俺が25の時、同じ会社に新卒22歳で入社してきた
部署は違ったが仕事で一緒になることも多く、他の女子社員とも仲良しみたいで(俺の中では)すごく目立った
会社で談笑することも多くなってどんどん好きでたまらなくなり「たぶん大丈夫だろう」と思って、その年の11月に告白した
「よかったらつきあってください。きっと仲良く過ごせると思うし大事にします」
「・・・嬉しいです。わたしも俺さんのこと大好きです」
「おお!じゃあ」
「ちょっと待ってください」
「うん?」

使ってない会議室に俺を誘う嫁。「鍵閉めてください。人が来たら困るので」
「ああ・・・?」
「驚かないでくださいね。すごく大事なことなんです」

嫁は制服のタイトスカートをずりあげてパンストを膝近くまでおろしはじめた
あら、なんか俺、変態痴女さんにでも告白してしまったんかな
ここでしましょうとかお断りなんですけど
もちろんそうではなくて、右ひざをぐっと突き出して太ももを俺に見せてくる
微妙にパンツもちらついてるけど今はそっちじゃないね

536: 名無しさん@HOME 2011/10/12 11:22:33
子供時代のぷちぷちをひとつ
うちの両親、祖父母、伯母にとっての修羅場

30年以上前、当時の私2歳
母は妊娠中、近距離別居の父方祖父母の元に遊びに行っていた時のこと
台所に走り込んで、そこにあった灯油ストーブに激突
最近は滅多に見かけない昔のストーブで上の鉄板部分でお湯を沸かしたり餅を焼いたりできるやつで
ちょうど残り物の味噌汁の鍋を温めていて、煮詰まった熱々の味噌汁を真上からひっかぶった
背中一面に火傷、病院に搬送されて入院、高熱を出したりして結構大変だったらしい
2歳の頃のことなんて他は全然覚えてないけど、この時のストーブに向かって突っ込んでいった瞬間と
台所でものすごい形相の母と伯母にお椀だか洗面器だかでざばざば水を掛けられている時のことは
おぼろげにだけど記憶にあるんだよね、子供なりに相当ショックだったのかなと思う、まあ自業自得だが
小学校低学年の時、一緒にお風呂に入ったじいちゃん(今は故人)が背中を洗ってくれながら
「ほとんど痕が残んなくって本当によかったなあ」と噛みしめるように言ってくれた言葉が今でも忘れられない

当時お腹に弟がいて、重い妊娠中毒症の症状でかなりきつい妊婦生活だったところに
私の入院中の世話だの何だのと面倒事が増えて相当大変な思いをしたらしい母が一番修羅場だったと思う
だというのに、私は熱が下がった途端にけろりと元気になり
病院食を嫌がって寿司が食いたいだのうどんが食いたいだのとわがまま言いまくり
病院の周囲にお店がないのよごめんねーと誤魔化すも
「入口を出てあっちに曲がるとお寿司屋さん、こっちに行くとうどん屋さんあるもん!」と
何故か周囲の店の位置情報をばっちり記憶していた私に、母はかなり辟易したらしい
あの当時の記憶力をどうして大きくなってからの勉強などに生かせなかったのかと未だに言われる


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